Something for T. #12



デイヴィッド・Tと関わりのある様々な方にお話を聞くこのコーナー。12回目は音楽プロデューサーでありミュージシャンのニール・オダさんです。80年代のDavid Tのソロアルバムをはじめ、数多くのプロデュース業を通じてDavid Tと密接に関わった一人です。現在、ロサンゼルス在住のニールさんにたくさんの話を伺いました。ご意見・ご感想、並びにニールさんへのお便りなどございましたら、 管理人ウエヤマ までぜひぜひお送りください!

【前編】




── ニールさんの最初の音楽体験って、どの辺りなんですか?

ニール・オダさん(以下、ニール):実は、僕が一番好きな音楽ってカントリーミュージックなんですよ。

── へえー、そりゃまた意外な感じですが。

ニール:とにもかくにもカントリーが好きで。当時一般的に日本で言われてるカントリーって、テンガロンハットかぶって、ステーキ屋でオッサンが演奏してる、みたいなイメージだったんですよ。でもオレの最初のカントリー体験ってのは、いわゆるカントリーロック、例えばポコとかグラム・パーソンズとかね、そういうヤツだったの。今でいうオルタナ・カントリーみたいな感じ。

── ほぉー。

ニール:でも、オレが最初に音楽ってものを聴かされたのはジャズなんだよね。3歳とか4歳とかの頃ですよ。よく憶えているのはジョニー・スミスってギタリストの『Moon light in Vermont』ってアルバム。可愛がってくれた叔母の旦那さんがジャズギタリストで、年中遊びに行くとそういう音楽が流れていたわけ。だから最初はジャズギターから始まったの。一方で伯母はフランク・シナトラとかナット・キング・コールとかのトラディショナルポップスが好きで、そういうのも聴かされてたんですよ。で、そういう音楽はオレにとって“大人の音楽”という意識で聴いててね。その後、小学生くらいの頃にモンキーズってバンドが出て来た。自分に合う音楽にその時ようやく出会うというかね。それにハマっちゃいまして。

── なるほど。

ニール:オレの父親も母親も絵描きだったんですよ。父親は舞台芸術家もやっていて売れっ子だったらしいんだけど、訳あって両親とは暮らさず母方の実家で育ったんだよね。母親の実家ってのが元々はすごいお金持ちの家だったらしくてね。元、子爵一家、みたいな世界で。でもオレが生まれた頃は、借金の肩代わりしたかなにかで貧乏暮らし。長屋に住んでたんだよね。ところが、ずっと上流階級の生活だったもんで、6畳一間の長屋に住んでるのに、なぜか凄く立派なテーブルが置いてあって、みんなでそのテーブルでナイフとフォークみたいな、すごく変な世界だったわけ。家に風呂もないのに(笑)。テレビは当時やってた「ルーシー・ショー」とか「バークにまかせろ」とかそういったアメリカものしか見せてくれないっていう。それで流れてる音楽はシナトラとかジャズとかっていうね。なぜかクラシックは流れていた記憶がないな。離婚して実家に戻ってきた叔母の影響かな? とにかく西洋志向、というかアメリカ志向だったね。

── なんとなくその絵は想像できますけど、不思議な光景ですね。

ニール:そういうところで育ったから、ジャズは大人の音楽、子供の音楽はモンキーズ、みたいな感覚で。モンキーズにマイク・ネスミスって人がいるんだけど、その人はカントリーロックの創始者みたいな人で、彼の音楽にハマってしまったんだよね。で、そこからカントリーってどんな音楽なのかなって探しはじめて。オレの中ではカントリーって音楽は若者の音楽だったわけ。R&Bとかブルースみたいな世界とはまったく接点がなかったの。とにかくウチの環境ってのが下品な音楽は聴くなって感じだったから。

── 下品な音楽と上品な音楽。

ニール:当時はまだ、そういう感覚があったんだね。例えばスタン・ゲッツとかの白人ジャズ、いわゆるウエストコーストジャズっていうのかな、そういう音楽は聴かせてくれるんだけど、アート・ブレイキーとかのファンキー系ジャズは聴かせてくれないっていう。黒人はナット・キング・コールくらい。叔母が「ナット・キング・コールはちゃんとした音楽が出来る唯一の黒人」って言ってたくらいだから。

── なるほど。偏りがある、と。

ニール:差別だね。で、そのうちロックが始まって。そうするとオレも家の流れに反抗してロックを聴くわけ。するとやっぱり「そういう下品な音楽は……」ってことを言われる。せいぜいカントリーくらいにしておきなさい、って(笑)。当時のカントリーってのは、今の日本人がイメージするカントリーに近いものがあったのね。決してお洒落でカッコいいものではなかった。でもそこにカントリーロックっていうジャンルが入ってきて、すごくカッコ良くなった。それからずっとカントリーロックばかり聴いてきたんですよね。

── 意外な感じがしますけどね。もっとソウルとか聴いていたっていうイメージがありましたし。

ニール:良く言われる。でも、いわゆる黒人音楽にオレはほとんど接点がなかったの。サム・クックとかオーティス・レディングとか、家の中では絶対ダメだった。何かのきっかけでたまたまオーティスとか聴いたことがあったけど、いいと思わなかったんだよね。

── デイヴィッド・Tとの接点っていうのは、どの辺りから?

ニール:おそらくマーヴィン・ゲイなんだと思う。オレにとってマーヴィン・ゲイって、黒人でもこんなに上品な音楽が作れるんだ、っていう感じだったわけ。最初に聴いたのは「What's Going On」だった。なぜそれを上品と感じたかはわからないんだけど、音的にはジャズに近いものがあったし、泥臭くなかった。ロマンティックだと思ったんだよね。それまで聴いてたカントリーなんかと比べるとロマンティックなところが強調されてたような気がして、それでハマっちゃったんだと思う。後で知ったんだけど、マーヴィンってカヴァーアルバムを出すくらいナット・キング・コールを敬愛していたんだって。そんなところも影響してるのかも。

── そこから入ってくると。

ニール:決定的だったのは『Let's Get It On』で。ギタープレイがどうのこうのというより音楽自体が凄いっていうか。その頃オレは自分でドラムを叩いてたんだけど、『Let's Get It On』で何が一番凄かったかって、ドラムだったの。こんなに凄いドラムがあるんだってね。当時16ビートってのはあまり聴けない時代だったし、ハイハットをチキチキ叩くって発想もなかった。映像が見れないからどうやって叩いてるんだろうって。片手で叩いてると思ってたから腕をわざと縛るような形を作って練習したりしてね。16ビート養成ギプスとか言ってさ(笑)。

── 面白いところを見てたんですねえ。

ニール:ポール・ハンフリーのドラムってとんでもないなーって思ってて。自分がドラムやってたこともあって、デイヴィッド・Tのギターよりもポール・ハンフリーのドラムにハマったんだよね。このアルバムにはポール・ハンフリー以外にも他にもドラマーが参加してるからホントにポール・ハンフリーかどうかはわからないんだけど。とにかくこのドラムが凄い!と思ってね。オレのドラム人生の中でも一番衝撃を受けたドラムだなあ。

── 『Let's Get It On』を聴いてドラムにハマるってところが面白い。

ニール:2曲目の「Please Don't Stay」とかさ、ハイハットをうまく使ったフィルインが凄くって。ホント、参りましたって感じで。だからこのアルバムのデラックス・エディションがリリースされて未発表音源とか聴けたときは泣きましたよ(笑)。で、ベースはウィルトン・フェルダー、ギターはデイヴィッド・Tでしょ? どう考えても白人ではない音というか。特に1曲目の「Let's Get It On」とかさ。カントリーとかロックとか聴いてた人間にとって、この曲の出だしのビートはビビっちゃうのよ。後ろのほうでチャカチャカいってるのがデイヴィッド・Tのギターなんだけど、最初は良くわからなかった。とにかくこのドラムが凄過ぎて。オレにとってのファンクのビートって、このアルバムなんだよね。オレが昔からモータウンとか聴いてて、R&Bとかジャズとか大好きでって思ってる人も多いんだけど、実はちょっと違う。マーヴィン・ゲイっていっても初期のモータウン時代ってそれほどでも、って感じだし。

Marvin Gaye
『Let's Get It On』('73)


── 意外です。

ニール:なにより、このアレンジ。こういう音楽のあり方ってのもあるんだ、ってね。このアルバムはバンドサウンドじゃないんだよね。それまでオレはカントリーロック然り、バンドの音っていう音楽しか聴いてなかったから衝撃的だった。音楽にアレンジってのがどう影響するかってのが、ドカーンとやられたっていうか。どういう風にギターが絡んでるのかとか、いろいろ考えて行くと、このアレンジってどういう発想なんだろうかとか、全部の音をバラバラにして聴くようになったわけ。そこで気が付くの。この後ろでチロチロ鳴ってるギターはなんなんだろうと。それまでこんなギター聴いたことなかったわけ。しかも3台くらいのギターが混ざってるような感じだし。この音の組み合わせは一体どうなってんだろうっていうね。じゃあ、このギターは誰が弾いてるのか、っていうことで知っていくんだよね。

── 確かにこのアルバムは緻密なアレンジがありますよね。

ニール:ともかく、オレの黒人音楽のすべての始まりはマーヴィン・ゲイなんだよね。と同時に、オレがアレンジってものに興味を持った最初のアルバムが『Let's Get It On』だった。デイヴィッド・Tのギターだって、ホントに小さく鳴ってるだけなのに、なんでこんなにカッコいいんだって。それがすごく不思議だったんだよね。

── 『Let's Get It On』ではデイヴィッド・T的にはそれほど派手なプレイはないですよね。

ニール:うん、確かに。でも、細かく聴いていくと、後ろのほうで小さくめちゃくちゃカッコいいことやってるデイヴィッド・Tがいるんだよ。なんでもない高音のオブリガードなんだけど、なぜかゾクっとする。オレはこのアルバムに出会うまで、こんな音楽を聴いてこなかったから、それだけ衝撃が大きかったのかも知れないけど。黒人の持ってる色気っていうのかな。それが凝縮されてるっていうか。ギターの絡み方、ベースのグルーヴ、ストリングスの入り方、白人には絶対出来ない音楽なんだよねこれ。

Paul Humpley
『Paul Humphrey And The Cool …Aid Chemists』('70)


Marvin Gaye
『Live』('74)


── なるほど。

ニール:昔から気になった音があったらひたすら追い求めるっていうクセがあってね。なにもデイヴィッド・Tに限らずなんだけど、例えば、オレはさっき言ったカントリーロックでポコっていうバンドにいたティモシー・シュミットが大好きだったわけ。だからティモシー・シュミットが関わったアルバム全部聴かないと気が済まなくなっちゃうとかさ。もうひたすら探しまくるからね。そういう集めグセが昔からあって。この『Let's Get It On』でも、参加してるミュージシャンをインプットしたら、その名前が少しでもクレジットされてたらすぐに聴いてみるっていう。だからポール・ハンフリーのソロ『The Cool...Aid Chemists』ってアルバムはデイヴィッド・Tが聴きたくてか、ポール・ハンフリーが聴きたくて買ったか、どっちだったかよくわからない(笑)。

── でも、その辺りからデイヴィッド・Tを追いかけていくわけですね。

ニール:そうですねー。でも、ホントの意味でデイヴィッド・Tのことを強く印象的に思ったのは、マーヴィン・ゲイの『Live』ってアルバムだったかな。

── 確かにあのアルバムで虜になったという人は多いです。

ニール:マーヴィンはデイヴィッド・Tが大好きだったらしくってね。このオークランドのライヴの3ヶ月後くらいにマーヴィンはまたライヴツアーを演るんだけど、そのツアーはオークランドでのメンバーと全然違うんだよね。ホントはそのオークランドでのライヴもその違ったツアーメンバーでやるはずだったらしいんだけど、マーヴィンはステージ恐怖症だからライヴをやりたくないって言い張ったと。そのときにレコード会社がマーヴィンをやる気にさせるために、デイヴィッドをはじめとしたあのメンバーに頼んだっていうね。そしたらマーヴィンも、このメンバーだったらやってみたいと思うようになったって。

── てことは、あのオークランドのライヴはある意味スペシャルなライヴだったと。

ニール:そうなんですよ。オレもてっきりあのメンバーでその後もツアー廻ったのかと思ってたら違うんだって。映像も撮ったっていう話もあるんだよね。

── え? ホントですか?

ニール:そう。オレが今、見たいと思ってるのはそのオークランドのライヴと、それからキャロル・キングが「ファンタジー・ツアー」の時にセントラルパークで演ったライヴ。

── ああ、僕もその2つはぜひみたいなあ。

ニール:オークランドのライヴ映像はモータウンが持ってるらしいし、キャロル・キングのセントラルパークライヴはその昔テレビで放送もされたらしい。まだキャロル・キングのほうは可能性があるんだよね。なぜかっていうとルー・アドラーがテープを持ってるって言ってるから。

── ホントですか〜。

ニール:あのファンタジー・ツアーって、第一部はデイヴィッド・T・ウォーカー・バンドで、第二部がキャロル・キングのライヴだったんだよね。で、そのデイヴィッド・T・ウォーカー・バンドの映像も撮ってあるらしいんだよね。デイヴィッド・Tも記憶が曖昧になってるからね。ホントのところは定かではない部分もあるんだけど。

── 探せば宝の山がそこら中にありそうですよね。

ニール:そうなんだよね。クルセイダーズのライヴとかバリー・ホワイトとのセッションとかの映像もあるらしいし。バリーといえば、ジーン・ペイジも追いかけてましたね。当時は誰もジーン・ペイジなんて追っかけてないしさ。たまにそういうことを言うと「ああ、ジミー・ペイジね、ツェッペリンの」とか言われてさ(笑)。

── あちゃー。

ニール:デイヴィッド・Tのギターが歌モノのバックに合うっていう理由の一つは、バッキングでの音数が多いからだと思うんだよね。生の声は音数が少ないから音がぶつからないんだよ。ストリングスと絡むようなバッキングでも、実際にはストリングスはそんなに多くの音が一度に鳴ってるわけではなくて、3つとか4つとかの和音だから、そこにデイヴィッドのリズムギターが入ると、その3つか4つの和音の合間にピタッとハマるんで、すごく音の空気感が広がる。それがジーン・ペイジの手なんだな、と。ジーン・ペイジはデイヴィッド・Tの使い方が上手いというのはそういうこともあるんだよね。

Johnny Bristol
『Feeling The Magic』('75)


Stanley Turrentine
『Pieces of Dreams』('74)


Stanley Turrentine
『In The Pocket』('75)


The Memphis Horns
『The Memphis Horns Band II』('78)


Quincy Jones
『Body Heat』('74)



The Crusaders
『Hollywood』('72)


── なるほど。ニールさんにとってデイヴィッド・Tのベストテイクってどの辺りですか?

ニール:例えば、ジョニー・ブリストルやジーン・ペイジと絡んだデイヴィッド・Tってのは、やっぱりツボを押さえてるっていうか、どれもいいプレイだよね。ジョニー・ブリストルだと『Feeling The Magic』の1曲目とか。あとはやっぱりバリー・ホワイトの一連のアルバム。それから、スタンリー・タレンタインの『Pieces of Dreams』『In The Pocket』辺りのジーン・ペイジが絡んでいるアルバムね。ジャズになったラヴ・アンリミテッドオーケストラが聴ける、みたいな感じだよね。それからさっきも言ったけどマーヴィン・ゲイの『Live』。この『Live』はアルバム全編に渡って凄すぎるからどの一曲とはいえないんだけど。でも「What's Going On」で、自分のソロアルバム『The Real T.』で弾いていたフレーズを弾きまくっているっていう何気無さに脱帽しましたね。ジョー・サンプルとデイヴィッド・T・ウォーカーの極上のバッキングが聴けるし。この二人が組んだら無敵のバッキングですよ。

── やっぱりその辺りは外せませんね。

ニール:それからメンフィス・ホーンズの『The Memphis Horns Band II』ね。あれはカッコいいデイヴィッド・Tが聴けるっていう。これもCDにはならないだろうなあ。あとは、クインシー・ジョーンズの『Body Heat』なんてのは、アルバム自体が極上の部類なのでもちろん最高。

── とまりませんね(笑)。

ニール:いろいろ聴いていくと、リズム隊の組み合わせみたいなことも知っていくんだよね。ポール・ハンフリーとウィルトン・フェルダーって組み合わせは多い、とかさ。でもそのときのギターはたいていアーサー・アダムスだったりする。デイヴィッド・Tとの組み合わせはあまりない、とか。

── アーサー・アダムスといえば、クルセイダーズにはどの辺りから?

ニール:クルセイダーズに辿り着いたのも『Let's Get It On』からなんだよね。ジョー・サンプルとウィルトン・フェルダーがいたから。ベースを弾くウィルトンっていうのはイメージできてたけど、サックスを吹くとは知らなかった。で、クルセイダーズの『1』とか『The Second Crusade』とか聴いて、ここにもデイヴィッド・Tが参加してるんだ、って感じで。ただあまり目立ったプレイはなかったけどね。クルセイダーズのアルバムで言ったら初期の『Hollywood』かな。

── 僕も好きですね『Hollywood』。

ニール:だよねー。ただ、このアルバムは当時なかなか見つからなくてね。やっと手に入れたときにうれしかったのもあって印象に残ってる。そういう意味でいうと、デイヴィッド・Tの最初のソロ3枚なんてのもそうだね。だいぶ後になって聴いたし。特に1st『The Sidewalk』なんて日本中探しまくったもんなあ。

── Odeの3枚は?

ニール:これは比較的簡単に入手できた。最初の『David T. Walker (The Real T.)』と次の『Press On』をまず手に入れて、その後リアルタイムで輸入盤の『On Love』を手に入れて。もうその頃はデイヴィッド・Tのことを良くわかってたので、リリース前からワクワク状態でさ。Odeの3枚の中でどのアルバムが好き?

── その質問が一番答えにくいんですよね。どれも好きなので。

ニール:オレはね、自分の会社の名前にPress Onって言葉を使ったりして、みんな『Press On』が好きなんでしょ?って良く言われるんだけど、一番好きなのは実は『On Love』なんだよね。

── へえ。僕もニールさんは『Press On』かと。

ニール:『On Love』って美しいんだよね。ファンクじゃないしジャズでもないけど、綺麗なんだよねアルバム全体が。ジャケットのイメージがぴったり。裏ジャケットにあるあの浜辺の写真の色合いとかね。

── 意外な感じですね。

ニール:どちらかと言うと『The Real T.』と『Press On』ってのは“ギタリストのアルバム”だなって思ったの。インストだし、ソロアルバムだから、デイヴィッド・Tのギターが前面に出るってことは当然なんだけどさ。さっきも言ったけど『Let's Get It On』を聴いて、どうしてこんな音の組み合わせができるんだろうっていう興味を持ってるオレとしては、『On Love』は全体として美しかった。アルバムジャケットのイメージから全て含めてね。ジーン・ペイジのチカラってのも大きいんだろうけどね。

── なるほど。

ニール:もちろん『Real T.』も『Press On』もオレにとっては大事なアルバムで。特に『Press On』なんて、その言葉はオレの会社の名前に使ったほどで、知ってる人にはオレの代名詞のような感じになっちゃったからね。

── 会社名は「Press On Productions」。

ニール:デイヴィッド・Tと会ったとき、別れ際に必ず「プレス・オン!」って彼は言ってたんだよね。で、その言葉がすごく気に入って。だからオレと二人で仕事するときは、プレス・オンって名乗ろうよ、ってデイヴィッド・Tと話をしたんだよね。で、それが未だに続いてるっていう。

── プレス・オンって言葉は、ある意味ではデイヴィッド・Tを象徴する言葉になってしまっている感じがありますよね。だから、デイヴィッド・Tの代表作も『Press On』なんだよな、みたいなイメージもなんとなくあったり。

ニール:そうだねー。でも、オレが会社名にプレス・オンって言葉を使った理由は、アルバム名からもらったというよりは“デイヴィッド・Tが使う言葉”という意味合いのほうが大きかったなあ。それに「Press On」って曲は、唯一、デイヴィッド・Tが歌をうたっている曲でもあるし、そういう意味でも、なんかいいかなって。

── 聞けば聞くほど、プレス・オンって言葉は深いなあ、という。

ニール:プレス・オンって言葉はデイヴィッド・Tにとってはホントに重要な言葉なんだよね。いろんな意味が込められてるんだと思う。とにかく「やろうぜ!」って気になる言葉というか、勇気の出る言葉なんだよね。いろんなことを前向きにやっていくってときに、それが「プレス・オン」っていう一言で表現されるっていう。

── 今でもこっちでは良く使われる言葉なんですか?

ニール:今はあまり使われないみたいだけど、あの時代は良く使われていたみたい。でも、今でも通じるよ。でも『With A Smile』もそうだし『Ahimsa』もそうだけど、アルバムのタイトルには彼の心情がホントに良く表れてるよね。

── デイヴィッド・Tのネーミングセンスってのはホント特徴的ですよね。

ニール:彼はホントに言葉にこだわりを持ってるから。だってさ「On Love」って言葉も、なかなか考えつかない言葉だと思うよ。オレは「On Love」って言葉もすごく好きで。いい言葉だなって思うわけ。さすがに「Press On」って言葉に比べると、何かに使ったり言い回したりするには使いにくい言葉だけど。

── ニールさんが関わった最初のアルバムが『Y・Ence』ですよね。この「Y・Ence」も彼を象徴するような言葉になってますもんね。

ニール:デイヴィッド・Tって人は、いろんな物事について探求したいっていうところがあるんだよね。学者肌っていうか。80年代のデイヴィッド・Tって、自分の内側に向けて、心を探るような部分を含めて、すごく探求的になっていった時期なのかもしれないって思う。70年代が外に向かっていった時期だとすれば、80年代はすごく奥深く突き詰めていくようなところがあった。80年代のデイヴィッドの曲って意味深なタイトルが多いし。作曲することに対して情熱的に取り組んでいたしね。

David T. Walker
『Y・Ence』('87)


David T. Walker
『With A Smile』('88)


David T. Walker
『Ahimsa』('89)

David T. Walkerの80年代でのソロ3部作。すべてニール氏がプロデュース。


── 自作曲が多くなってくるっていう。

ニール:ファンの立場で聴くと、80年代に作られたデイヴィッドのアルバムってさして面白くないっていう部分もあって、それは良くわかるんですよ。でも、オレが自分で関わったから言うわけじゃないけど、80年代のデイヴィッド・Tって、自分で生きて来た道とか自分が築いて来たギターとかを、外にいる誰かのためじゃなく、自分自身に対して自分を再認識するために演ってたようなところがあるんだよね。

── なるほど。

ニール:オレがデイヴィッド・Tのアルバムを作るってことになったとき、最初は歌モノで誰かのバックで弾くデイヴィッド・Tっていうようなイメージを持ったのね。オレもそういうデイヴィッド・Tのギターを聴きたかったし。でもデイヴィッドと話をしてるうちに、彼が向かってるところがそういう方向じゃないってことに気がついたんだよね。誰かのためにとか、ファンに喜んでもらうとか、自分のギターの良さを引き出すとか、そういうことじゃなくて、自分の中にある何かを探してたっていうか。だから、彼が70年代までに作った6枚のアルバムと比べても、『Y・Ence』は全曲オリジナルになったし、唯一、デイヴィッド・Tが演りたいことを演らせてあげる時期だったんだと思う。まあ、周りからもいろいろ言われたし、今になってみると、こうしたほうがよかったかなって思う部分もあるけど。でも、あの時期はそれで良かったと思うんだよね。80年代のデイヴィッド・Tのアルバムって、素のデイヴィッド・Tが出てるアルバムだと思ってる。

── 素のデイヴィッド・T。

ニール:低予算だったけど、デイヴィッド・Tの好きなメンバーを集めて、自分の曲を自分の好きなアレンジでね。ジーン・ペイジや他の誰かがアレンジするわけでもなく、自分のバンドで自分のために演ってるアルバム。80年代にオレが関わったアルバムってのは、デイヴィッド・Tが演りたいことを思いっきり演ったアルバムなんだよね。誰にも邪魔されずに作ったらこんな感じなんだよって。それが、曲のタイトルやアルバムのタイトルにそのままなってるっていうね。彼があの当時に持ってたものがすべてあのアルバムに出てるんだよね。そういう意味では、成功だったと思ってるし、あのアルバムを作れて良かったと思うしね。

── なるほど。

ニール:『Y・Ence』では歌は入れなかったから、次の『With A Smile』ってアルバムを作るときに、どうしても歌を入れてみたかったの。デイヴィッドにそのことを話したら「自分の曲で、自分でシンガーを選んでいいんだったらそうしてもいいよ」って。でもオレはデイヴィッド・Tが自分で歌モノの曲を書けるかどうかちょっと心配でもあった。オレとしては、ちょっとお洒落な感じがいいんだけどなーと思ってたんだけど、でもいきなりブルース全開みたいな曲を持って来られたらどうしようかって、ヒヤヒヤしてて(笑)。そうしたらすごいいい感じの曲を持ってきてくれて。こんな曲も書けるんだってびっくりしてね。

── それが「Dreams In Flight」ですね。

ニール:今でもオレはこの曲が大好きなんですよ。ある意味では「Dreams In Flight」って曲は、オレの知らなかったデイヴィッド・Tの一面を見せてくれた曲なんだよね。

── ボーカルのバーバラ・モリソンを連れてきたのもデイヴィッド・Tなんですか。

ニール:そう。彼女はジョニー・オーティスのバンドにいた人で。その後、クルセイダーズにも参加して、いっしょに来日したりもしたんだよね。それでデイヴィッドも彼女を知ってて。で、この「Dreams In Flight」で歌ってもらったことがきっかけで、オレとデイヴィッドで話をして彼女のソロアルバムを作ろう、ってことになったんだよね。

Barbara Morrison
『Love'n You』('90)


── 『Love'n You』ですね。これもいいアルバムですね。

ニール:『Love'n You』は充実したレコーディングだった。デイヴィッド・Tはギターシンセサイザー弾いてるんだよね(笑)。でも、あのアルバムは、オレとデイヴィッド・Tがいっしょに仕事してきた中でも、その集大成みたいなところがあって。珍しくオレもエンジニアやって、パーカッションもやり、いろんなことやってるし。クリスタルスタジオのアンドリューってエンジニアいるんだけど、彼とオレとデイヴィッド・Tの3人であのアルバムを作り上げたっていうところがあって。その3人とその仲間たち、みたいな感じのアルバムっていうか。デイヴィッド・Tも、こんなことやあんなこと演ってみない?っていう感じが爆発したアルバムだったし。なんせ、ギターシンセ持ってやってくるとは思わなかったからね(笑)。

── レコーディングではニールさんとデイヴィッド・Tの間でどんな話をしながら作っていくんですか?

ニール:レコード会社との話はオレがやるんだけど、まず最初にデイヴィッド・Tと話すのはどんなメンバーと演るかってこと。で、大雑把なアレンジをデイヴィッドがしてくる。で、レコーディングのその場で、オレとデイヴィッド・Tとメンバーのみんなでアレンジを変えていくんだよね。そういうやりとりを何度かしながら作っていくっていう。さっき言ったギターシンセを使うってときも「この曲は凝った音にしよう」ってことになってギターシンセを使ったりしたんだよね。

── ほぼそんな形で進んでいくんですね。

ニール:でもいろいろなケースがあるけどね。『Y・Ence』の録音のときは、デイヴィッド・Tが「Warm Heart」っていうバンドを作って、そのバンドで録音前にリハーサルも何度か演ってたんだよね。だから音もほぼ出来上がっていたので、スタジオでドーンと録音するって作業だけみたいな感じで。ダビング作業のときにシンセドラムを入れたりね。今聴くとダサイ感じがあるんだけどさ。でもあれ叩いてるのジェイムズ・ギャドソンだからね(笑)。みんなオレがパーカッションとかやってたからオレが叩いてるって思ってるようだけど、実は違うっていう。ジェイムズがね、新しいシンセドラム買ったって言ってきてね、使っていい?みたいな話になって。デイヴィッド・Tは「やめとけよ」って言ってるのに、ジェイムズは「いやちょっとだけだからさ」みたいなノリで(笑)。





── 最初にデイヴィッド・Tと会ったのはいつなんですか?

ニール:80年代のはじめだったかな、クルセイダーズのメンバーとしてデイヴィッド・Tが来日するってことをニュースで知って。それこそ1968年にスティーヴィー・ワンダーとマーサ&ザ・バンデラスたちと一緒に来日して以来、十何年ぶりの来日だったんで、これはなんとか会いたいなと思って。当時、オレはシンセサイザーのプログラマーの仕事をしてて、仕事柄いろんな楽器屋と知り合いになってて、その一つにモリダイラっていう楽器屋の人と懇意にしてもらってたのね。で、モリダイラのカタログの文章とか書く仕事もしてたんですよ。で、あるとき、そのモリダイラの人に「デイヴィッド・T・ウォーカーっていう有名なギタリストが今度来日するんだけど、オレ、ギター持ってって写真とって話つけてくるから、広告に使わない?」って話を持ち込んだのよ。そうするとその人は「良く知らないけどクルセイダーズのギタリストだったらいいんじゃない?」って。そこで、オレはモリダイラからギターを2本借り受けて、ライヴ会場の新宿の厚生年金会館ってとこに行ったんですよ。裏口で「モリダイラ楽器から来ました。デイヴィッド・T・ウォーカーにギターを届けに来ました」って言って中に入って行って。それで本人に会ったのが最初なの。

── すごい作戦ですね。

ニール:ギターを運ぶっていう仕事で来たにも関わらず、片手にはデイヴィッド・T関係のレコードをたくさん抱えてるっていうね(笑)。で、その時は楽屋だったんだけど、せっかくギターを持って来てくれたんだったら弾いてみたいから、後でホテルにおいでよって本人に言われたの。それで言われた通り後でデイヴィッド・Tが泊まってるホテルに行ったのね。そこで今回の主旨を説明しながら、そのギターを弾いてもらって感想とかを聞いたわけ。で、ついでに、このアルバムではあなたは弾いてるのかとか、あのアルバムでも弾いてるのかとか、デイヴィッドにいろいろ質問したわけですよ。「おまえは良く知ってるな」ってことになって。

── ホテルに呼ばれるってところが運命的ですよね。

ニール:その新宿の厚生年金会館でもさ、デイヴィッド・Tのファンらしき人が裏口にいたのよ。みんなレコード持っててサインしてもらう、みたいな感じでさ。デイヴィッド・Tってその当時はメジャーではなかったのかもしれないけど、確実にファンの人はいたわけ。でもなぜか、本人に会って、なおかつホテルまで行ったってのはオレだけだったようなのね。やっぱりギターを持っていったってのが効いたのかな。そうやってデイヴィッドと関係が始まったのも、だからモリダイラのおかげなんだよね。で、さらに言うなら当時オレがやっていた仕事のおかげ、なんだよね。

── その後に、例の「ジャズライフ」誌での連載が始まるんですよね。

「ジャズライフ」誌の1982年4月号から1983年4月号まで連載されたデイヴィッド・T・ウォーカーのディスコグラフィを追いかける特集記事。ニールさんの渾身の作であり、デイヴィッド・Tファンにとってはバイブル的連載だった。僕も血眼になって古本屋や図書館を探しました。


ニール:あの連載も棚からぼたもちなんだよね。元々、オレはジャズライフとは何の関係もなくて、同じ出版社の「ロッキンf」っていう雑誌に楽器の原稿書いてたりしたの。楽器とかエフェクターの使い方を、ロック用に書いてて。で、ロッキンfの隣りがジャズライフの編集部だったせいもあって、ロッキンfの仕事でやって来るうちにジャズライフの編集の人とも知り合いになって。

── ふむふむ。

ニール:あるとき、その編集部でデイヴィッド・Tの話で盛り上がって、デイヴィッド・Tのディスコグラフィーを追いかけるような特集やりませんか?って持ちかけてみたんだよね。誰も読まねえよーそんな記事って言われたんだけど、なんとか説得して、じゃ、3ヶ月くらいまずやってみるか、ってことになって。それで始まったのがあの連載なのよ。

── なんだかんだ言って実現させているところがやっぱり凄いですよね。

ニール:やり始めたら結構面白いって反響もあって、結局1年くらいの連載になったんだよね。ひょんなことから始まった連載だけど、今考えるとやっておいてよかったなあって思うよ。

── そうですよ。あの連載にどれだけ影響を受けた読者がいることか。

ニール:当時、ギタリストといえば、ラリー・カールトンやリー・リトナー、てな時代だったでしょ? デイヴィッド・Tのファンもいたことはいたけど、それほど人気があったわけでもなかったから。でも、後になっていろんな人に会って、オレなんかよりもずっと前からデイヴィッド・Tの参加アルバムを追いかけていた人が結構いたってこともわかったんですよ。だから一歩違うと、他の誰かがそういう連載をやってもおかしくはなかったのね。でも、なぜかオレは偶然にもそういうチャンスに巡り合えたっていうか。タイミングなのかな。

── そうかもしれないけど、やっぱりやるべくしてやった、という気がしますけどね。

ニール:最初にデイヴィッド・Tとホテルで会ったとき、なぜかロスの自宅の連絡先を教えてもらったんだよね。「ロスに来ることがあったら連絡してくれよ」って。それからしばらくして、アンリ菅野さんのレコーディングの仕事があるってことになってね。

── 切さんとの仕事ですね。

ニール:うん。で、オレはその当時、ずっとデイヴィッド・Tのソロアルバムを作りたいと思ってたんだけど、その頃デイヴィッド・Tはずっとソロ活動から遠ざかっていたからなかなか難しかった。そこに、アンリさんのプロデュースの仕事の依頼が来たので、以前、ホテルでもらったデイヴィッドの連絡先に電話してみようと思ったの。

── いよいよ、その時が来たと。

ニール:手が震えてね。電話の前に3時間くらいずっといて(笑)。英語はほとんど喋れないし、しかも電話でしょ? 話が通じるかなあって、ずっと迷いながら3時間(笑)。で、思い切ってかけたんですよ。でも、一度コールされたとき一旦、切っちゃって(笑)。ヤバい!ホントに繋がっちゃうって(笑)。

── ドキドキするなあ(笑)。

ニール:なんとか話が通じて、とにかくギター弾いてくれることを承諾してもらったのね。で、メンバーとかスタジオはこっちで用意するからってことで、ロスのキャピトルスタジオに行くことになって。そのとき初めてロスに行ったんだよね。

── 話は急に展開するわけですね。

ニール:ロスの空港でレンタカーを借りて、デイヴィッドとの待ち合わせ場所へ向かったんだけど、なにせ初めてのところだしドキドキしながら運転していったわけさ。途中でワッツ地区っていう黒人街に迷い込んじゃってね。街に入ったところで赤信号だったんで車を停めたら、どこからともなく黒人たちが車に寄ってきてさ。囲まれちゃったのよ。

── おおお。

ニール:うわー、オレ殺される〜って。ま、なんとか何事もなかったんだけど、エラいとこ来ちゃったなあって(笑)。

── いきなりの洗礼で。

ニール:でも、そこからなんだよね。すべていろいろなことが動きだしたのは。あの電話かけなかったら、今、こうはなっていなかった。

── いろんな出来事があったけど、その電話の瞬間ってのは一つの運命的なきっかけだったと。

ニール:夢を持って生きろ、とかって良く言うじゃない? で、オレの夢って何だったのかなあって振り返ってみるとさ、やっぱり「いかにデイヴィッド・T・ウォーカーと仕事するか」だったんだよ。オレの中で憧れの人はデイヴィッド・T・ウォーカーで、その憧れの人といっしょに音楽の仕事できたら凄いだろうなって。その夢を叶えるチャンスが来た、っていう勢いがあの当時はあったんだろうね。英語も喋れないし、アメリカに行ったこともなかったけど、デイヴィッド・Tとのプロデュースの依頼があったとき「全然オッケー」って即答しちゃったからね(笑)。こんな、いい加減な話ないでしょ? もう思い込み一発ですよ。

── でも、その思い込みがニールさんなんですよ(笑)。

ニール:そういう意味で、オレは自分の夢を叶えちゃったワケで。それは本当に自分自身の中で大きなことなんだよね。



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