Something for T. #10



デイヴィッド・Tと関わりのある様々な方にお話を聞くこのコーナー。10回目はシンガ−・ソングライターの山下憂さんです。1988年にデイヴィッド・T・ウォーカーの数少ないプロデュースワークの一つ『Gloomy』をリリースした山下さん。『Gloomy』制作の過程や、ご自身の音楽観まで多くの話を伺いました。ぜひご一読ください。
※追記:アルバム『Gloomy』は2019年に31年ぶりにリイシューされ配信がスタートしています。詳しくは山下憂オフィシャルサイトからご覧ください。

【前編】




── 『Gloomy』ってアルバムが出来た経緯からお聞かせいただけますか?

山下憂さん(以下、山下):もともとはフォークフェローズというアマチュアの音楽サークルに所属して「かげらふ」というフォークグループを作ったのがスタートですね。それで学生の頃に「学生街の音楽祭」っていうコンテストに出場して全国大会で優勝しちゃったんですよ。

── それがプロへのきっかけになったと?

山下:優勝したらプロデビュー出来るというかなり大きな大会だったんですよね。で、結果、全国大会で優勝してしまった。ところが、決勝大会が終わった直後に楽屋でレコード会社がある条件を提示してきました。その内容に関しては明かせないのですが、そりゃちょっと違うんじゃないの?って思って、その場で帰っちゃったんですよ。冗談じゃないって。男前ですよね(笑)。

── デビューのきっかけを断ったということですよね。

山下:レコード会社のディレクターと大会関係者も「そんなこと言わないで」みたいな感じで2年くらいやりとりしてたんですね。ラジオのパーソナリティーも決まってたんですが結果的には蹴ってしまいました。根本的に筋が違っていましたからね。たかがレコードデビューするために自分の大切な信条を捨ててたまるかってね。だから僕の出場した年だけレコードが出ていない。ちょうどその頃ギタリストの松原正樹さんと親しくなり色々相談に乗って貰うようになったんですよ。松原さんは同郷で小学校の一年先輩なんです。

── なるほど。

山下:バンドはその後も2年くらい演ってたんですけど、ある時このままズルズル続けてもしょうがないなって事で解散して。そしてライブハウスでのソロ活動を始めたんです。その時の想いが後に『Gloomy』制作の為に書き下ろした「I AM A BOY」です。松原さんのプロデュースでコンサートも一緒に演ったんですよ。で、いよいよ松原さんのプロデュースでアルバムを作ろうよって話になってくるんですよ。

── 山下さんのソロアルバムを、ってことですよね?

山下:そうです。でも松原正樹と言えば日本で一番忙しいスタジオミュージシャンですからスケジュールだって半端じゃないから僕の事であまり無理は頼めないですからね。その後、松原さんのもとを離れる事になるんですが……。

── それはどういう変化があってなんですか?

山下:松原さんの仕事を手伝ったり、曲作りの相談をしたりしているうちに「松原さんといれば何とかなるんじゃないか」っていう甘えた自分がいる事に気づいたんですね。これは「ヤバイな」って感じを持ったんですよ。で、松原さんに無理を言って突然松原さんのもとを離れたんです。何の助けも無い所でもう一度自分の音楽について考えてみようと思ったんですね。松原さんには音楽に関して多くのことを教わったし、今でもとても感謝してるんです。ロスに行ってから、松原さんのギターの凄さと偉大さが改めてわかったしね。で、それから映像の仕事に就いてしばらく後に、当時レコード制作の仕事に就いていたKIRI(切学=きりまなぶ)っていうアマチュアの頃からの僕のパートナーである彼と会社を作ることになるんですよ。

── KIRIさんって、『Gloomy』のプロデューサーとしてクレジットされてる方ですね。

山下憂
『Gloomy』
('88)
山下:そうです。その会社ってのは音と映像の制作がメインの会社で、あとノベルティや広告の企画制作をしたりとか。「食っていく」ことと「音楽を作る」ことを両立するために始めた会社だったんです。そういった会社をやっていきながら、一方では自分自身の音楽活動も行えるっていう状況を作りたかったんですね。そういった中で、あるときKIRIを通じて小田充って人に出会ったんです。(※小田充=80年代でのデイヴィッド・Tのアルバムのプロデューサー)

── そこで小田さんに会うんですか。

山下:小田ちゃんは当時すでにデイヴィッド・Tと懇意にしている間柄で。僕はその頃はまだそんなにはデイヴィッド・Tを聴き込んでなかったんですよ。僕はビートルズとAORにどっぷりでしたからね。

── それまでにデイヴィッド・Tのギターで印象的な曲ってありましたか?

山下:そりゃあもう、あれだけの多くの曲で弾いているスーパーギタリストですからね。クレジットを見ればこれもデイヴィッドだ、みたいな状況じゃないですか。ボビー・ウォマックのアルバムとかね。『Poet』とか凄いじゃないですか。

── 「Game」は最高のプレイですよね。

アンリ菅野
『Sunshine Dream』
('86)
山下:そうですよね、良く聴きましたよ。小田ちゃんはデイヴィッド・Tのソロアルバムを作りたいって話を出会った頃にしていて。作りたいけど条件が揃わないとかいろいろあってなかなか進まないと。そんなときに誰かのプロデュースはどうかなって話になって。で、ぼくらの仕事の関係でつながりがあったアンリ菅野さんの事務所に話をしてみようかってことになって。ちょうどアンリさんが次のアルバムを作るタイミングだったので、デイヴィッド・Tのプロデュースはどうですかって話をしたらOKってことになって。

── アンリ菅野さんの『Sunshine Dream』ですね。デイヴィッドがプロデュースでも参加した数少ないアルバムの一つですね。

山下:そうです。そのレコーディングに同行したKIRIがその時かその後にデイヴィッドに何曲か僕のデモテープを聴かせたんですよね。そしたらロスにおいでよって話しになって。そうやって始まったのが『Gloomy』。のセッションなんです。

── なるほど。

山下:殆どの曲は前もって渡しておいて、こんな感じでって伝えてあったんですよ。で、いざロスに着いたその日に小田ちゃんから「今日、デイヴィッドと会う予定だから」って言われてて。夕方部屋をノックする音がして、ドアを開けるとデイヴィッドがギターケースを肩からさげて目の前に立ってるじゃあないですか。感激しましたよ。うわあホンモノだあって。挨拶もそこそこにデイヴィッドはバードランドをとりだし、ベッドに譜面を広げて「よし演ろうか」とかって言うんですよ(笑)。

── そりゃまたいきなりですね。

山下:KIRIはホントに音楽のことを良く知っているしよく聴いているので、ミュージシャン達からの信頼は物凄い。おまえ俺のあんなマイナーなPLAYまで知っているのか?って(笑)。だから相手も喜ぶし信頼も生まれる。そういった事もあり僕もデイヴィッドとの信頼関係を築いていけたんです。

── 参加してるメンバーの顔ぶれがものすごく多彩ですよね。ジェイムズ・ギャドソンやジェリー・ピータースはデイヴィッドともゆかりのあるメンバーですけど、ニール・ラーセンとかジェフ・バクスターとか、デイヴィッドの人脈とはちょっと違うような方々もいますよね。

山下:僕とプロデューサー(KIRI)の中では完全にデイヴィッドの音になってしまうのはどうかな?という考えがあったんですよね。ちょっと白っぽいニュアンスを入れたかった。なので、途中までやって一度日本に戻って冷静に考え直そうってことで。

── なるほど。

山下:当時キャッツ・アイっていう実力バリバリのバンドがあって。メンバーは元ケニー・ロギンス・バンドで現在はシカゴのドラマーであるトリス・インボーデン。当時ケニー・ロギンス・バンドのべーシスト、ジョージ・ホーキンス。アル・ジャロウ・バンドのジェームズ・ステューダー。ジェームズはストリングスアレンジからコーラスまで大活躍でしたね。それからPAGES(後のMr. Mister)でギターを弾いていた、チャールズ・イカルス・ジョンソン。だからみんな凄い職人達だよね。ハワイのNo.1バンド「KALAPANA」のリーダーでべーシストのケンジ(※Kenji Sano=ケンジ・サノ)がそのキャッツ・アイのメンバーと仲良くてね。ケンジと小田ちゃんが仲が良かったってわけ。そういうつながりから彼らとやろうよって話になって。で、白っぽいシャープな感じも取り込めたんだよね。ケンジもジム(ジェームズ・ステューダー)も僕と同じビートルズ・フリークだったから、いろんなところにビートルズが出ちゃって楽しかったですね。

── ふむふむ。

山下:ギャドソンにしてもとにかく濃いでしょ個性が? ベースのスコット・エドワーズぐらいですよ黒人なのに白っぽい感覚も持ってるのは。メロディアスだしね、元ボズ・スキャッグス・バンドのべーシストですからね。スコットは「YAMASHITAがツアーやるならボズのメンバーを集めるからね」って言ってくれたんですけどね。もうTOTOのジェフ・ポーカロはいないですからね。

── スコット・エドワーズはデイヴィッドとも親しい間柄ですよね。

山下:二人の間には絶大な信頼関係があるように見えました。阿吽(あうん)のようなね。スコットってとても柔軟でいい男ですよ。それから彼のスタジオデビューはスティーヴィー・ワンダーの「You Are The Sunshine Of My Life」のベースらしいんですよ。

── えっ? あの曲のベースはスコット・エドワーズなんですか?

山下:そうらしいですよ。いきなりデビューがあの曲ってのも凄いですよね。彼はとても頭が良くて会話していても僕にわかるように話してくれるんですよ。たいていの人はガーッて喋ってくるんですけどね(笑)。

── エド・グリーンも参加してますよね。

山下:そうなんです。エド・グリーン、いいドラム叩きますよねー。彼は白人なんですけど、黒人っぽい匂いがある。おもしろいですよね。『Gloomy』の中では彼が4曲叩いてますがスコットとのタイム感が実に気持ちいいんですよ。彼は物静かで休憩時間もドラムセットのイスに座って新聞を読みいってるような人でしたね(笑)。

── 最終的な人選はこちらからリクエストしたんですか?

山下:そう。エド・グリーンもそうだし、あとディーン・パークスも来ましたね。ニール・ラーセンも「原宿レイニング」で素晴らしいソロを弾いてくれてね。彼はDX7を自分の脇に抱えての登場でした。ラーセン・フェイトン・バンドの本人ですからねえ。上手かったなあ。

── ソニー・バークも参加してますね。

山下:ラーセンと同じく「原宿レイニング」で凄いグルーヴの馬鹿テクピアノを弾いてます。あれは最初別のピアニストが弾いたんですが、面白くなくて差し替えたんですよ。その差し替えに来てくれたのがなんとソニー・バーク。たしか当時スティーヴィー・ワンダーのステージマスターだったんじゃないかなあ? 当然、普段よほどのことが無い限り演奏してくれないんですよ。彼の演奏がメチャクチャかっこ良くてねー。スタジオ中「ワオーッ!」ですよ(笑)。





── 『Gloomy』は、全体的に非常に日本的というか日本人的な雰囲気がありますよね。

山下:ある程度、意図的ではありました。いくらロスで録るっていったって自分は日本人ですからね。歌詞も日本語だからメロディへの乗っかり方が基本的に違うし、所詮洋楽には成り得ないからね。せっかくデイヴィッドと作るチャンスを頂いた訳だから、突っ張ることなく自然に自分自身を出したかったんですよね。で、あえて日本的な曲「オキナワグラス」を入れた訳です。

── 「オキナワ グラス」のデイヴィッド・Tのギターは凄いですよね。圧巻です。

レコーディング中のデイヴィッド・Tと山下憂さん


山下:小田ちゃんが言ってましたけど、あのソロはデイヴィッド・Tのソロの中でも5本の指に入るプレイだと。なんとあのソロは一発録音ですよ。

── ええっ!? そうなんですか?

山下:ちゃんと考えてるんですよ、デイヴィッドは(笑)。実はこの曲のソロのパートだけ録らずにレコーディングが進んでたんですよ。で、その間ずっと考えていたと思うんです。レコーディングの最終日にいよいよそのソロの部分を最後の最後に録音することになって。これを録音すればすべて録音は終わりっていう状況の中で、あのプレイが一発で出てきたんですよ。

── 凄い! ソロの最後、歌に入る直前のフレーズなんて、もう「くぅぅ〜!」って感じで。

山下:ソロの後の歌のタイミングとか歌詞とか考えると、もう絶妙すぎるんですよね。だから、この人ホントは日本語わかってんじゃないの?って思いましたよね(笑)。

── 曲はこのアルバムのために作ったんですか?

山下:いえ、そんなことはなくて以前から作って溜めてあったものも含みますが、「愛のメロディ」はリズム録り前日の夜中にホテルの部屋で書いたんです。「心の歌をメアリーに」は大昔に詞と曲を同時に30分で書いたんですよ。「自分を愛せない人に他人は愛せないでしょ?」って歌。「オキナワグラス」は『かげらふ』を解散して間もなくジュリー(※沢田研二さん)に歌ってほしくて書いた曲なんだよね。気がついたら自分で歌える年齢になってた(笑)。実はこの曲のリズムには秘密があるんです。以前、松原さんと作ったデモテープで松原さんが打ち込んだリズムをスタジオでギャドソンが聴いてからドラミングしてるんですよ。そういえば、松原さんに「山下、この曲凄くヒットするかもよ」って言われたのを覚えてるなあ。それから1曲目の「俺にとってのイエスタデイ」なんですけど敬愛するビル・ラバウンティの名曲「Livin' It Up」に敬意を表して書いた曲で、初めの何小節かは同じコード進行なんです。彼の曲を弾いてるクリアランス・マクドナルドというピアニストに頼む予定だったんですがスケジュールが会わなくてね。残念でした。

── 「オキナワ グラス」はシングル盤もリリースされてたんですね。

山下憂
「オキナワ グラス / HIDEWAY」
('88)
山下:そうなんです。『Gloomy』には入っていない曲「HIDEAWAY」とのカップリングです。この曲のドラムはなんとTOTOのジェフ・ポーカロなんですよ。

── おお!

山下:スコットがメンバーを集めてくれてね、ドラムはポーカロでいいか?って。「良いも何も(笑)、そりゃもう絶対にシャッフルの曲だろ」ってことで狙い撃ちで書いた曲で。このポーカロのドラムがまたカッコ良くってね。うわぁ〜俺の曲でポーカロが叩いてるよ〜すげっ!「ロザ−ナ」だあっ!て感じで(笑)。

── なるほどー(笑)。

山下:「HIDEAWAY」は『Gloomy』の録音の後にあらためてロスで録音した曲だったので、デイヴィッドは弾いてないんですね。ギターはチャールズ・フィアリングとレイパーカー・Jr.。キーボードはグレッグ・フィリンゲインズ、シンセはジェームズ・ステューダー。ベースはKALAPANAのケンジなんだけど最初はスコット・エドワーズの予定だったんだよね。今までケンジにはきちんとした形でベースを弾いてもらってなかったので、そのことが心のどこかにひっかかってたんだけど、そのときKIRIからもケンジ案がでたんですよ。で、スコットに相談したら快く替わってくれて、それでGOになったんですよ。いいセッションだったなあ。ケンジと一緒に演れて凄く嬉しかった。その頃にはもう「憂ちゃん」「ケンちゃん」の間柄でしたからね。そうそう、ボーカルトラックとミックスダウンはアル・シュミットに頼んだんですよ。

── ほほーっ(笑)。

山下:話がそれちゃいましたね。で、キーボードのグレッグは当時マイケル・ジャクソン・バンドとエリック・クラプトン・バンドを掛け持ちの売れっ子。最初は「とりあえず知らない日本人の録音に呼ばれちゃって」みたいな感じだったんだけどデイヴィッドがスタジオに遊びに来てくれて休憩時間に僕とハグしてるのを見たとたんにグレッグの目つきが変わって「えっ!? David T.!? David T.!?」って興奮してるんですよ。いっしょに写真撮らせてくれーって。やっぱり彼らにとっても憧れのミュージシャンなんですよねーデイヴィッドって。それから急にグレッグの姿勢も変わっちゃって(笑)。

── 「イエロー クリスマス」にはジェフ・バクスターが一曲だけ参加してますね。

レコーディング中のジェフ・バクスター
山下:キーボードのジムがアレンジを演ってるんですけど、「間奏考えておいてね」って頼んでおいたんですね。でも、スケジュール的に無理かもしれないという事もあって、間奏のソロを仮で何か入れておこうよって話になって。ドゥービー・ブラザースのジェフ・バクスターなら呼べそうだよっていうから、じゃあ呼ぼうよって。贅沢な“仮”だよね(笑)。ジェフには一曲を通してしっかりと彼らしいトリッキーなフレーズを弾いてもらってるんだけど、最後の数小節しか使わなかったんですよ。何故かと言うと、ジムの考えてきた間奏が素晴らし過ぎたんです。うわぁ〜こりゃこのテイクで決まりだろーってことにね、なっちゃった。

── この「イエロー クリスマス」は印象的な曲ですね。

山下:この曲はですね、『Gloomy』を12月に発売するからクリスマスソングを一曲入れて欲しいというリクエストがレコード会社からあったんですよ。それで書いたわけ。でも、僕はクリスチャンじゃないからクリスマスといってもピンとこないし、クリスマスに便乗するだけの曲だったら他の誰かがやればいいし。いろいろ考えてるとオレのクリスマスって一体なんなんだろうって思っちゃって。日本に定着しているイベント的なクリスマスをいまさら否定はしないけど。かといって堂々と胸張って「クリスマスソングでござい!」って資格は無いなと。じゃあ、僕から見たクリスマスって何? 日本人って何? じゃ、そんな曲にしようって思ったわけ。

── なるほど。

山下:キリストのことを考えて12月25日を過ごす日本人って僕を含めてあまりいないんじゃないかなって思ったんですよね。そんなこと何も考えずにメリークリスマスって言ってる人がほとんどじゃないかと。別にそれはそれで構わないんだけど、その一週間後には何の疑問もなく神社に行ってお参りをする国民でしょ日本人って。器用っていうか節操がないっていうか変な国民だよなーなんて思ったりして。日本人の生き方って何なんだろうって。

── ふむふむ。

山下:ライフスタイル系雑誌ってあるでしょう? 日本人はそういう雑誌を読んで影響されてその通りに過ごしていくってことが多いなあと。なぜなんだろう?って。もっと深い根っこの部分で、それこそDNAレベルの部分で本当の何かがあるんじゃないかと。それはイエスかも知れないしブッダかも他の何かかもしれない。良くわからないけど、もっとピュアなモノがきっとあるんじゃないかと。雑誌やTVとかで得た情報を何の疑問も持たずに自分自身に当てはめてしまっているだけだからね。この曲を書く事がきまってからずっとそんなことを考えていたんですね。頭の中のイメージは内容は違うけれどなんとなくジョン・レノンの「Across The Universe」の世界、かな。

── 『Gloomy』っていうタイトルの由来ってあるんですか?

山下:Gloomyって言葉そのものは「憂鬱な」とか「曇った」とかっていう意味で。僕が「憂」って名前だからってのがあるんですけど。

── 山下憂ってのは本名なんですか?

山下:いや、本名じゃないんですよ。父が書家で僕も小さい頃から書をやってたんですね。たぶんそういうこともあって、文字の形とかを気にしたりする習慣が身についてたんですね。この「憂」って文字の形が凄く好きだったんです。バンドを解散してソロになった時、バンドの時の色んな事を引きずらないでゼロから始めるには新しいアーティスト名を考える必要があったんですよ。それで「憂」を名乗ったの。

── へえぇー。

山下:「憂」って意味はあまり良くないですよね。でも、僕は人間だから、僕自身が「にんべん」になればこの「憂」は「優」、つまり優しいって文字になるから、これでいいやって。で、その言葉をそのままアルバムタイトルにしちゃったんですよ。ま、そんなに深い意味はないんですけど。

── うーん、なるほど。

山下:父親には縁起の悪い名前だってしかられましたけどね(笑)。でも、昔から名前をつけるっていうと、字画がどうとか、縁起の悪い字は避けようとか、いろいろあるじゃないですか。でも、そんな統計学で人間の人生が決まってたまるかっていう想いはありましたね。そうじゃないでしょ?って気持ちがずっとあって。要は自分が何を「志」とするかだからね。でも、自分の子供の名前になると責任があるから良い字画じゃなきゃなんて思って、寝ずに名前考えちゃったけどね(笑)。親父の気持ちが解りましたよ。





── デイヴィッド・Tってどんな人でした?

デイヴィッド・Tと山下憂さん
山下:普通の人でしたね(笑)。普通っていうか、特別に尖がったりしていないし、すごく紳士的で優しくてナチュラル。僕より年もずっと上だし、いっしょにいるだけでなんかホッとする感じというか、リラックスしていられるっていうか。とても高いレベルでの自己に対する自信というのを感じました。例えば自分が弾いたギターだったら、ミキサーサイドでどんなエフェクト処理をされようがディストーションをかけられようが「俺はもう自分のプレイをやったから好きにしてください」って感じですよ。それは半端じゃない自信ですよ。揺ぎ無いものを感じますよね。最近デイヴィッドから来たメールにこんなメッセージが書かれてたんです。『今でもギターが上手になる為に学び挑戦していますよ』って。重いよね。

── 紳士的で優しいデイヴィッドってイメージはありますよね。でもその自信、凄いなあ。

山下:でも、プレイするときは熱いんですよね。弦なんてバチーッ!って弾いてますもんね。「Tokyo レイニーナイト」とか、凄い弦の弾き方をしてるんですよね。その音があまりに僕の感情とリンクしてるって言うか……。やっぱりこの人、日本語の意味、わかってるんじゃないの?って(笑)。

── 再びデイヴィッド・Tの日本語理解説が浮上(笑)。

山下:日本語の歌詞だけど、僕のフィーリングはデイヴィッドに充分伝わったんじゃないかなって自負してます。不思議とあれだけのミュージシャンの前なのに緊張もしなかったし、あがりもしなかったですから。でもそれってホントは当たり前のことなんですよね。彼らと僕ではキャリアもレベルも全然ちがうしね。ただ、「山下憂」は世界中にオレ一人しかいない。「山下憂の歌」をオレより上手く歌える奴はこの世にはいない。だから自分の持ってるものを全部出すしかないじゃん?っていう事ですよね。いわば、ヤケクソ(笑)。そうやって前に出るしかないよねっていうね。そんなところがデイヴィッドにも伝わったんじゃないかなって思います。でも、ホントのところはもちろんわからないですよ。こっちがそんなことを考えていたときに、好きな女のことを考えていたのかもしれないし(笑)。

── 参加されたミュージシャンとのセッションはどんな感じでしたか?

山下:まず、グルーヴが大きい。でっかい流れに乗っかっていこうよ!みたいな感じ。ギャドソンなんかのあの感覚だね。でも、スコットなんかはきっちりとした感じが出せる人で。

── ふむふむ。

山下:音符のど真ん中を弾く感覚ってのがあるとしますよね。タイム的にぴったりって言う感覚。でも各プレイヤーの各楽器の音のアタックの位置がど真ん中じゃなくてそれぞれのポイントがあって、そこで鳴らすよね。その時の微妙な各々のジャスト感の違いが束になったときにうねりのようなモノが生まれるんじゃないかな? 人によって気持ちいい場所が違うみたいにさ。デイヴィッド達はそのグルーヴというか「うねり」が何だかでかいんだよね。

── うねりがでかい。

山下:誰もクリックのようにドンピシャでは演奏していないんですよ。見事に絶妙にずれてる感じがするんです。一見わが道を行くみたいな演奏をしてるんですよ。でもそれは一人一人のタイム感のちがいであって、ずれてるという訳ではないんだなって。一つの音符に入り口や出口があるとするなら、決して真ん中だけで合ってる訳ではない。入り口で合ってるのか出口で合ってるのか。短い一音の中での微妙なジャスト感の違いが結果的に大きなグルーヴになってるのかなあ? よく解らないけど、大きな波は感じますね。





── アルバム全体にシャープですよね音が。

山下:一貫したコンセプトは「10年後20年後と色褪せない作品」で。そうそう、レコーディングのときに向こうのミュージシャンたちがよく言ってた言葉に「Tape don't lie」っていうのがあるんです。「ごちゃごちゃ言うなテープは嘘つかないよ」って。

── 「テープは嘘つかない」。

山下:“doesn't”じゃなく“don't”でしたね。当然彼らにしてみれば僕なんか無名で何者かわからない日本人のミュージシャンですよ。でも、過去に何をやったとかどんな実績があるとか、そんなことはどうでもいいんだと。今、スタジオに入って、おまえが書いてきた曲がいいか悪いか。おまえの歌がどうなのか。それしかないんだよって。それをハッキリとさせてくれるのが録音されたテープなんだと。

── なるほど。

山下:だから、とりあえずレコーディングしよう、と。今録音した音をプレイバックすればはっきりすると。それで判断すればいいじゃないかって。

── ふむふむ。

山下:「I AM A BOY」って曲をとるときに目覚めてからまだあまり時間が経ってなかったんですよ。寝起きって声が出にくいですよね。で、KIRIがエンジニアのピーターに「最初の音は録らなくていいよ。山下は喉が枯れるくらいに声出ししてからじゃないとちゃんとした良い声が出ないから」って言ったんですよ。実際そうなんですよ、かなりウォーミングアップしないと僕は声が出ないんですよ。でも、ピーターは「だめ。全部録る」っていうんですよ。「だって、いつ降りてくるかわからないから」って。「それはオレも知らないしおまえも知らないし誰も知らない。いつどんなときに山下憂のベストテイクが降りてくるかわからないじゃない? 神様だけが知ってるんだ。だから山下が声を出した瞬間からオレは全部録るんだ」って。

── うーん、なるほど。

山下:あのレコーディングではボーカルトラックの時間があまりとれなかったので、フィーリング最優先でOKにしました。ライブっぽい仕上がりの歌にしたかったんですよね。それでなんと「I AM A BOY」のOKテイクはピーターからアドバイスされて録音した、まさにその最初のテイクだったわけです。

── 顔ぶれを見ると世代の異なるミュージシャンが参加してるってのも面白いことだと思うんですよね。こういう例ってありそうであまりないと思うんですけど。

山下:そうですね。凄すぎるメンバーばかりで、なんていうか、異次元にいるような感じでしたね。無名の日本人の一枚のアルバムの中にこれだけの凄すぎるミュージシャンが参加しているって事は常識では考えられない。自分でも物凄い一枚を作っちゃったなあと思います。日本国内での準備作業においては理解ある大切な友人の協力があったのですがロサンゼルスでのスタジオワークという部分に限って言えばKIRI、カラパナのケンジ、小田ちゃん、この3人には心より感謝しています。この3人無くしてはこのアルバムは有り得ません。残念ながら現在は廃盤ですが将来的にリリースしたいという人が現れればインディーズなどからの再発だってあるかも知れませんね。今だったらネット配信もあり得るしね。あ、そうそう『Gloomy』の中の曲は有線放送でリクエスト出来るみたいですよ。オキナワグラスのデイヴィッドのソロを是非聴いてみてください。泣けるから。Thank you so much. David!



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