Something for T. #08



David Tと関わりのある様々な方にお話を聞くこのコーナー。第8回目はミュージシャン鳴海寛さんです。伝説のユニット「東北新幹線」での活動、また山下達郎さんのツアーサポートにも参加したギタリスト兼キーボーディスト、作曲・編曲までこなす鳴海さんの、そのあまりのデイヴィッド・T・ウォーカーなギタースタイルはファンを唸らせるプレイです。今回、鳴海さんにデイヴィッド・Tへの想いやご自身の音楽観についてお話をお伺いしました。ぜひご一読ください。
※追記:鳴海寛さんは、2015年7月にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。

【前編】




── まずはDavid Tとの出会いからお聞かせください。

鳴海寛さん(以下、鳴海):僕がギターを最初に手にしたのは8才のときでした。エレクトリックギターではなくガットギターです。実は音楽の仕事を始めるまでエレクトリックギターは持ったことなかったんです。で、音楽の仕事を始めるのが1976年くらいなんですが、その頃、先輩のギタリストの松下誠さんからデイヴィッド先生という存在を教えてもらったんです。

── それが最初のきっかけだったと。

鳴海:でも、遡るともっと以前に僕はデイヴィッド先生の音に接していたんです。

── といいますと。

鳴海:1972年くらいだったと思うんですけど、当時のFENでソウルミュージックをかける「ハーマン・グリフィス・ショウ」って番組があったんです。その番組でアル・グリーンの「Let's Stay Together」にノックアウトされたりした時期です。で、同じ年の4月から番組編成が変わって「ローランド・バイナム・ショウ」っていう番組が始まったんです。

── 噂に聞く伝説の番組ですよね。

鳴海:そうなんです。このローランド・バイナム・ショウのオープニングとエンディングにデイヴィッド先生の「What's Goin On」がかかっていたんですね。ずっとその番組を聴いていたので、この曲が耳に馴染んでいたんです。

── かなり人気の高い番組だったんですよね。

鳴海:毎回すごくいいチューンばかりかかるんで熱心に聴いてました。なので72年の4月以降、潜在的に刷り込まれていたんですよね。

── この「What's Goin On」は本家バージョンと比べると異色のアレンジで印象に残る人も多かったようです。

David T.Walker
『David T.Walker』
(1971)
通算4枚目。Odeレコードでの最初のアルバムとなる本作は『Real T.』というタイトルで呼ばれることがある。


鳴海:松下誠さんにあらためてアルバムを教えてもらって聴いたときに「あ、これだ!」って感じだったんですよ。あの「What's Goin On」は『Real T.』でしたっけ?

── そうですね。Odeでの最初のデイヴィッドのソロアルバムに収録されてます。いい曲なんですよねー。

鳴海:あのテンポがまたたまらないんですよね。1993年のバーナード・パーディ来日のときの『Coolin'n Groovin'』でも、あの感じで演ってくれましたもんね。もう、うわぁ〜って感じだったですね。その場にバタンって即気絶、みたいな(笑)。

── 音楽の仕事を始める前はやはりガットギターがメインだったんですか。

鳴海:そうですね。8才のときに始めてガットギターを手にして、ずっと兄貴に教わって。で、71年の頃だったかな。ジョアン・ジルベルトを聴いたんです。で、ノックアウトされました。

── なるほど。

鳴海:で、そんなこんなで76年に初めてエレキを演るってことになって。まあ、初めてのエレキギターだったんですけど、仕事で使うんだからということでちょっとぐらい、って感じで生意気にもES-335を手に入れて。

── いきなりハコものを。

鳴海:もともとガットギターから始めたんで、いきなりソリッドギターっていうのもちょっと、ということでハコもののギターを選んだんです。あと、ツアーサポートなんかでは、ソリッドギターって生音が小さいでしょ? モニターの音なんてちゃんとしてないことが多いんですよ。あと演奏しながらコーラスもいっしょに演るからやっぱり音がちゃんと聞こえるほうがいいなっていうことで。

── 自身のアルバム作りについては?

東北新幹線
『Thru Traffic』
(1982)


鳴海:1980年くらいから自分のアルバムを録り始めて、82年に「東北新幹線」っていうソロユニットでリリースしたんです。

── 伝説のユニットですね。

鳴海:当時の自分のギタースタイルってのが、言われたことは全部吸収しようって感じだったんですね。周りから引き込まれるように仕事してたっていうか。フォークやガットギター演るんだったらエレキも演ってみたら? みたいな感じで周囲に勧められてエレキを手にしてみたという感じで。当時はジェイ・グレイドンとかスティーヴ・ルカサーといったギタリストのブームのようなものがやってくる頃だったですね。

── 新しいギタリストたちが出てきたというか。テクニカルな感じの。

鳴海:一時期、そういう音が流行ったことがあったんです。で、やっぱり僕もそういう音を弾いたほうがいいんじゃないかな、って思ってたんですけど、ある日、こういうギターはキーボードでも弾けるじゃん、みたいに思ったんですよ。当時、僕はギターもキーボードも両方演ってましたので。

── なるほど。

鳴海:ギター本来の音とは何か違う感じがしたんでしょうね多分。で、ギター本来の音って何かっていうと、やっぱりそれは僕にとってはデイヴィッド・T・ウォーカーのギターだったわけです。あのトーンがギターの真髄なんじゃないかな、と思い始めて。アルバムを録っていくに従ってどんどんスタイルをチェンジしていったんですよ。

── それが今のスタイルに。

鳴海:ギターの原音っていうんですかね。ギターの流行りがこのままこんな感じで続くと、本来の弦の音が誰もわからなくなっていくんじゃないかっていう想いもあって。だったら僕が一繋ぎでもいいから、パートタイムリリーフでもいいからデイヴィッド先生のようなスタイルのギターを弾いて、次に繋がる何かにバトンタッチできたらいいな、と思い始めたんですね。それがデイヴィッド・T・ウォーカーのギタースタイルに傾倒したきっかけだったと思いますね。

── デイヴィッド・Tのギターって、やはり衝撃的だったんでしょうかね。

Marvin Gaye
『Live!』

Marlena Shaw
『Who Is This Bitch, Anyway?』

鳴海:マーヴィン・ゲイの『Live!』ってアルバムがありますよね。僕は飛行機の中でたまたま最初に聴いたんですよ。イヤホーンを耳にはめて、うとうとしながら聴いてたんですけど、最後のほうで飛び起きちゃってね(笑)。なんて凄いアルバムなんだろうって。

── 目に浮かびますね(笑)。

鳴海:今でも大好きですこのアルバムは。無人島に一枚だけアルバムを持っていくとしたらこのアルバムを選びますね。そのくらい衝撃を受けたアルバムです。

── 僕も大好きです。

鳴海:それと、当時スタジオミュージシャンの間でも話題だったマリーナ・ショウの『Who Is This Bitch, Anyway?』。この2枚が両軸となってる感じでしたね。あとはもうアルバムクレジットでデイヴィッド先生の名前を見つけたら即、手に入れてみたいな状況でした。

── やはりそうなっちゃいますね(笑)。ところで、これまでデイヴィッド・Tと対面されたことは?

鳴海:実は過去数回お会いしてるんです。最初はクルセイダーズの来日公演のとき新宿厚生年金会館でファンとしてサインしてもらって、二回目もクルセイダーズで郵便貯金ホールだったかな。その時は仕事関係でいっしょだったCINDYに紹介してもらって。

── CINDYさんとは長いおつき合いなんですか。

鳴海:中山美穂さんのアルバムでCINDYがプロデュースした『Angel Hearts』ってアルバムがあって。僕も協力させてもらったアルバムなんですけど。

── 「Try or Cry」って曲、一曲だけデイヴィッド・Tが弾いてますよね。

鳴海:そうですね。その曲のオケを作るデモ段階のトラックは僕が作ったんです。本編ではデイヴィッド先生がギターを弾いてます。そういった流れがあったので、CINDYのソロアルバムを作るってときにCINDYを通じてデイヴィッド先生と会う機会があったんです。そのときデイヴィッド先生は僕とCINDYと三人でアルバム作ろうって言ってくれたんですけど、結局、実現することはなくて。

── それが実現してたら凄いことでしたね。

鳴海:そうですね。で、そのうちに僕がデイヴィッド・T・ウォーカーが好きでそういうスタイルでギターを弾いてるっていう評判がミュージシャン仲間に広まっていったんですね。で、ある時、ウェスト・ロード・ブルース・バンドにいらっしゃった塩次伸二さんのセッションに参加する機会が何回かあったんです。そこにですね、「デイヴィッド・T・ウォーカースタイルのギター弾くヤツがおるらしいな」ってことで山岸潤史さんが僕の演奏を見にきてくれたんですね。

── ふむふむ。

鳴海:あるセッションのとき、山岸さんも演奏することになってたんで、塩次さんが僕に「ちょっと山岸にギター貸してやってもらえへん?」って言われて、僕のバードランドを山岸さんにお貸したんです。で、演奏が終わった後、楽屋に入って行って「山岸さん、あのー、僕のバードランド、弦高が低すぎて弾きにくくなかったですか?」って恐る恐る話しかけたら、「そんなことなかったよ。今度、Band Of Plesureのリハーサル見においで」って誘ってくれたんです。

── 面白い展開ですね。

鳴海:そんなこんなでBand Of Plesureのリハを見せてもらえることになったんです。で、実はその前に、山岸さんが仕事でロスに行かれたときに、僕がデイヴィッド・T・ウォーカースタイルで弾いていた音源をデイヴィッド先生に聴いてもらうために持っていってくれてたんです。

── ほほぉ。

鳴海:曲を聴き終わったらデイヴィッド先生、ガハハって大笑いしたらしいですけど(笑)。で、山岸さんは僕のことをデイヴィッド先生にいろいろ話してくれてたらしくて。僕がジョアン・ジルベルトが好きなこととかいろいろインプットしていただいてたんですね。なので、そのリハのときには先生は僕という存在をご存じの様子だったんです。

── それはいつくらいの頃でしょうかね。

鳴海:ベースがボビー・ワトソンさんだったので、おそらくBand Of Plesureの初期の頃じゃないでしょうね。アーテックスの職人の方がいらっしゃってて、デイヴィッド先生のバードランドのスケールを計ったりしてましたね。

── まだバードランドを弾いてた頃ですね。

鳴海:そうです。でもそのとき既にバードランドはフロントマイクの一部が割れてる状態でしたけどね。アーテックスの職人さんが事前に作ってきたネックを持って来てたんですけど、どうやら長さが違ってたらしくて「ちょっと長いな」みたいなことを話してて。スケールを計り直してたんでしょうね。

── で、リハが始まるわけですね。

鳴海:しばらくそのリハを見てたんですけど、デイヴィッド先生とジェイムズ・ギャドソンのドラムって、ノーイコライズ、ノーエフェクトなんですよ。マーヴィン・ゲイの『I Want You』ってそうだったんだって気が付いたんです。目の前で生音であの世界が聴けてるんだって。そう思ったら気が遠くなりました。

── 確かに。よく考えたらまさに「その世界」ですね。

鳴海:ホントに失神しそうになりましたね(笑)。曲の合間に僕のほうをちらっと見て、例のお得意のフレーズを弾いてくれたりして。うわぁ〜って、ゾクゾクしちゃって。で、デイヴィッド先生、だんだん熱が入ってきたのか、ネクタイをはずし、上着を脱いで、最後はシャツをズボンから出してみたいな(笑)。そんな光景を目の当たりにしてホント感動でした。あと、休憩のときに、先生が僕の前で「イパネマの娘」を弾いてくれたんです。

── へえぇー!

鳴海:君のこと知ってんだぜって。そう言われた気がしましたね。

── いいですねー。デイヴィッドの「イパネマの娘」、聴いてみたいなあ。

鳴海:僕の密かな思い出です(笑)。

── デイヴィッドにはそれからはお会いになってないんですか。

鳴海:そうなんです。ボビー・ワトソンさんとはその後、何回かいっしょに仕事する機会があったんですけど。ボビーさんは人間的にも優れた人なんですよね。ルーファスってバンドはデイヴィッド先生の弟分のような感じなんだと思うんです。ギターのトニー・メイデンってバードランド使っててルーファスの初期のアルバムではデイヴィッドそっくりのフレーズ弾いてたりするんです。で、さっきのそのリハのとき、ボビーさんがデイヴィッド先生に「バードランドはボクが子供の頃からずっと見てきたギターなんだ。ちょっとこのバードランド弾いてみてもいい?」なんて話をしてて。ボビーさんのその様子って、いかにも兄貴分を尊敬している弟分みたいな感じで。ちょっと胸が熱くなる感じでしたね。僕はとても弾かせてなんて言えないんで、みんなが休憩のときにこっそりフレットを触ったりして。その横を山岸さんが通って「おー、拝んどるわ」って(笑)。

── 今はもう見ることができないですからねデイヴィッドのバードランドは。貴重ですよね。自宅には保管されてるようですけど。

鳴海:バードランドって安いギターじゃないでしょ。僕は八神純子さんのツアーをやったとき思いきって買ったんですよ。75万くらいだったかな。吉祥寺の楽器屋で。銀行から現金おろして楽器屋に辿り着くまでの間、もうドキドキでしたね(笑)。デイヴィッド先生が使ってるのはカッタウェイが尖ってるモデルですけど、僕が手に入れたのは1971年製でカッタウェイが尖ってない丸いタイプです。で、後で知ったんですけど、このカッタウェイが丸いタイプのほうがフロントピックアップのテイルピースの真上にハーモニクスがあるんですね。尖ったタイプのほうはその位置が若干ブリッジ側にずれてるらしくてブライト感があるようなんです。なので丸いタイプのほうがギター本体の完成度は高くて、尖ったタイプのほうが低いようなんです。でもデイヴィッド先生のあの音聴いたら、どうしようもないっていうか。そんなこと吹っ飛んじゃいますよね。関係ないじゃんっていうか、どーでもいいっていうか。

── どんなギターを弾いてもデイヴィッド・Tはデイヴィッド・Tの音っていう。

鳴海:音色もそうですけど、デイヴィッド先生がどんなフレーズを弾こうが関係ないってところも実はあるんです。何を弾いたか、どんなフレーズかってことじゃないんですよ。あの独特の気配。その気配が感じられるだけでそれで十分なんです。

── あーわかります、その気持ち(笑)。

鳴海:デイヴィッド先生は自分のギターヒーローはグラント・グリーンだって言ってますよね。で、先生は最初はそのグラント・グリーンと同じES-330を使ってて、でもツアーで移動中の高速道路で車のバンから落としちゃったいうことなんですね。その逸話を聞くたびに、凄くのんびりした話だなーって思うんですけど(笑)。

── 鳴海さんもバードランド一本ですか?

鳴海:いえ、そんなことはなくていろいろなタイプのギターを使ってました。一時期は16本程コレクションがあったんですけど、今、いっしょに演ってるジャズギタリストの先輩がクラフトもめちゃくちゃ腕が良くて、僕のバードランドをチューンナップしてもらったんです。そしたらデイヴィッド先生の『The Sidewalk』のような音に仕上がっちゃったんで、他のギターは全く必要なくなっちゃったんです。なので今はバードランド一本です。これでもう十分です。

── 山下達郎さんの『Joy』でも、鳴海さんのバードランドは「あの音」ですよね。

鳴海:その『Joy』のツアーの翌年くらいだったと思うんですけど、ピックの持ち方を逆手弾きに変えたんです。

── デイヴィッドと同じような弾き方に?

鳴海:そうなんです。やっぱりデイヴィッド先生のような音を出すにはどうしたらいいかっていろいろ考えてチャレンジしたくなったというか。最初はかすりもしなかったんですけど、練習を重ねて、13年間ずっと逆手ピッキングで弾いてたんです。ところがひじを壊しちゃって。リュウマチになっちゃったんです。なので今は普通のフォームに戻しているんですけど。

── やっぱりピッキングが違うといろいろと違うものなんでしょうか。

鳴海:まず音が太くなりましたね。ピックのカチカチっていう音もなくなりました。ピッキングを変えるのもその一つですけど、やはりデイヴィッド先生のような音に近付きたいという想いがその前からずっとあったんですね。あの音を出すには、って考えた時に逆手のフォームはやはり自然と行き着いたところなんです。それが原因かどうかわかりませんが、結果的にひじを壊すってことはやっぱりどこか無理があったということですよね。でも、もしかしたらデイヴィッド先生もそれなりに無理をして弾いてるのかもしれない。というか、何かしらの痛みのようなものを指や腕で感じながら弾いてるのかもしれない。だったら、その痛みも合わせて感じながらプレイするってことが重要だ、みたいなことを考えていたんでしょうね。ま、ホントに動かなくなっちゃったんで、元のフォームに戻しましたけど。

── そうなんですか。

山下達郎
『Joy』
(1989)


鳴海:デイヴィッド先生のアンプのつまみってトレブルがフル状態なんですよ。で、同じようにセッティングにしても絶対にあの音は出ない。いろいろ考えて、あの音が一音でもでたらっていう想いで、足下のエフェクター全部とっぱらって。コンプレッサーを外すのは凄く時間がかかったけど、でも『Joy』の頃はそれでもなんとか近いところまで来たかな、という感じはありましたけどね。

── 『Joy』に収録されてる「蒼氓(そうぼう)」やデルフォニックスの「La La Means I Love You」のカヴァーでの鳴海さんのプレイはデイヴィッドが乗り移ったかのような素晴らしいトーンだと思います。

鳴海:ありがとうございます。『Joy』ってアルバムは、山下達郎さんがライブという形の音をきちんと残したいってことで僕が参加したツアー1年間を含めて9年間の音源の中から出来てるんです。山下さんの熱の入れようというか思い入れは凄くてね。音については、こだわりがある人なので、僕のギターも若干中域を上げ気味の音になってたりとかするんですけどね。

── やっぱり高域や中域の音の出方って気になるんですよね。

鳴海:デイヴィッド先生は中域や低域をほとんど出さないんです。中域や低域を欲張って出し過ぎちゃうとドラムのスネアが響いちゃうんですね。でもBand Of Plesureのライブを見てても、デイヴィッド先生の音でジェイムズ・ギャドソンのドラムのスナッピーは響かないんです。

── 確かにそんな感じですね。

鳴海:そんな音がスパーンと前に出て、会場の中で跳ね返ってきたその音をアーテックスのギターのFホールで受け止めるわけです。デイヴィッド先生のフレーズがショートディレイのような音を出すときがあるんですけど、それはそういうハウリングコントロール、というか、会場からの音のフィードバックをうまく使った効果というかテクニックなんですね。デイヴィッド先生はそういうコントロールの名手ですから。

── なるほど。

鳴海:例えば、マーヴィン・ゲイの『Live!』でのジェイムズ・ジェマーソンも同じようなことを演ってるんです。このライブ、PAがあまり良くなかったようでハウリングが多くて最初の1、2曲は何がなんだかわからないような音が多いんですけど、徐々に状況がつかめて馴染んできたジェマーソンのベースは、会場からの跳ね返りを聴きながら弾いてるようなんです。エレクトリックベースってウッドベースとチューバを交ぜたような音だって言われたりする通り、まさにチューバの音のように聴こえてくることがあるんですよ。4人いる管楽器と混ざっちゃうというか。一体何人で弾いてるのこれ?っていう。そういう音のマジックもあるんです。だから会場全体を使った音の効果って大きいんですね。そんな人たちといっしょに演ってきたデイヴィッド先生ですから会場全体をコントロールする術を心得てるんですよね。そんな光景を目の当たりにしたら、そりゃあもう気を失うような感じですよね。

── すっごく面白い話ですねー。

鳴海:『Coolin'n Groovin'』のライブでも、デイヴィッド先生が途中で、エぃ!ってそういう技を出そうとしてるんだけど、卓のほうでリミッターかコンプレッサーか何かかけられてその効果が出ないんです。ホントはもっとパーンって音が戻ってこないといけないんだけど戻らないっていう。で、デイヴィッド先生は「あれ?」って表情をするんですよ(笑)。

── なるほどなるほど(笑)。

鳴海:Band Of Plesureのライブの翌日に、そういった感激を伝えたくて、山岸さんに電話したんですよ。そしたら奥様が電話に出て「あなたが感激して見ている様子を山岸はステージから全部見てましたよ」って言われて(笑)。山岸さんはその後も僕の仕事を見に来てくれたりして親交があったんですけど、ある日「デイヴィッドのことはお前に任せたから」って言われて(笑)。そんなこと急に言われてもね。そんな権限が僕にあるわけがないんですけど(笑)。そのあと山岸さんはニューオーリンズに旅立っちゃったんですけどね。



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