Something for T. #11


【後編】



── 日米の制作現場ってのはやはり大きく違うものなんですか?

切:日本のスタジオミュージシャンって譜面に強いんですよ。誰のレコーディングかもわからなくても譜面があれば初見で弾いてしまうわけです。そのことって凄いことなんですよ。ホントに凄いことなんだけど、一方でそれってなんかこう音楽に入り込んでないっていうか、ええっ?って想いもあってびっくりしたんですよね。もっと入り込んでもいいんじゃないの?って。で、アンリ菅野さんのレコーディングのときに初めてロスに行って、その違いにビックリしちゃったんです。

── 違い。

切:まず「マナブ、この歌はどういう意味なの?」って聞いてきます。「歌詞の内容がわからないとオレはソロ弾けないよ」って言われましたしね。とっても“音楽してる”っていうか。音楽ってこうじゃなきゃって思いましたよね。いろんな意味で当たり前のことなんだけど考えさせられましたね。

── なるほど。

切:日本だとまずどんな音楽が流行ってるの?ってところから入りますからね。マーケティング先行なんですよ。でも向こうはまず素材ありき、なんです。山下憂ってアーティストがいたら、まずそこから考える。さあこの山下憂って素材をどうしようかとね。

── ふむふむ。

切:ミックスダウンにしてもね、日本だとエンジニアがスタジオにこもって、暗い顔してああでもないこうでもないってやっていくんですよ。向こうでもそういうやり方をやってる場合ももちろんありますが、僕がやってた当時、隣のスタジオでミックスダウンやってる黒人のミュージシャンがいたんですけど、なぜかみんな踊ってるんですよ。

── ミックスダウン中に?

切:楽しい音楽なんだから踊っていいじゃん?って発想ですよ。僕の知ってる日本の状況とまるで違ったんですよ。そういうところを僕も憂さんも見ちゃったからね。日本でのあの独特のやり方では仕事できないんじゃないかってことを感じたことがありましたね。でも僕にとってはすごくいい経験でしたけどね。

── なるほど。

切:だいたい日本のプロのミュージシャンにはローディっていう人がいて、楽器や機材はみんなその人が持ってきたり準備するんですよ。本人は現場に来て弾いて帰るっていうね。僕はそういうのが当たり前だと思ってましたから。でも、デイヴィッド然り、ニール・ラーセン然り、みんな自分で楽器持ってくるんですよ。びっくりしてね。

スタジオでおどけるKIRIさんとデイヴィッド・T。

── あのバードランドを自ら抱えて。

切:そうです。茶色いソフトケースでしたね。ホント、特別な感じのものでもなくて、その辺によくあるような感じのものでしたよ。で、一度デイヴィッドに聞いたことがあるんですよ。デイヴィッドぐらいのギタリストだったらローディの一人や二人いてもいいんじゃないの?って。そしたらデイヴィッドはこう言うんですよ。「何言ってるんだマナブ。大切なギターをどうして他人に任せることができるんだ」って。考えたらそれって正論でしょ? 僕のほうが毒されちゃってしまってるんだなって。目からウロコでしたね。

── まさに愛用の一本ですからねバードランドは。

切:そのバードランドをまじまじと見たことがあるんですけどね、ピックアップ部分に穴が空いてるんですよ。ちょうどマイクの角の部分が欠けているというかね。たぶんピックで擦れてしまった感じです。そのときに「ああーこの人はこのギター一本でずっと演ってきたんだな」って思いましたね。なんかね、プライドのようなものをね、感じましたね。





── デイヴィッド・Tの魅力ってどういったところでしょう?

切:僕が考えるデイヴィッドの魅力って、やっぱりボーカルありき、だと思うです。歌があってその後ろで弾いてるときの凄さというか。デイヴィッドは素晴らしいソロアルバムを何枚もだしてますよね。でも、僕は正直言うと、ソロプレイよりもやっぱり歌ものでのデイヴィッドに魅かれるんです。デイヴィッドのギターを知らない人にデイヴィッドの魅力を伝えようとして曲を録音して渡すなら、歌ものがあまり入ってないソロアルバムを渡そうとは思わないんです。例えば『With A Smile』っていうアルバムの中に「Dreams In Flight」って曲がありますよね。

── バーバラ・モリソンがボーカルの。

David T. Walker
『With A Smile』
(1994)
バーバラ・モリソンがヴォーカルの「Dreams In Flight」を収録


切:そうです。ああいった曲をデイヴィッドにもっと演ってほしいと思うんですよ。もし僕がデイヴィッドのアルバムをプロデュースするなら、インスト8曲にボーカルもの2曲という比率ではなくて、その逆がいいと。いろんなボーカリストに歌ってもらうカタチでもいいでしょうしね。

── ああー、そのスタイルはいいですね。

切:昔からソウルミュージックが大好きでね。ビリー・グリフィンっているでしょ? 新生ミラクルズのボーカリストなんですが、本人にもロスで会ったことがあるんです。で、彼のアルバムを作りたくて、当時ミラクルズのベースを弾いてたスコット・エドワーズに相談したりしてたんです。結局、それは実現しませんでしたが、でも僕のイメージはミディアムテンポのナンバーにビリー・グリフィンの歌声、そこにデイヴィッドがギターでバッキングしてるっていうのがバッチリあったわけです。そういうアルバムを作ってみたかったし聴いてみたいという想いはありますね。

── うーん、見事なイメージですね。


Bobby Womack
『Poet』
(1980)


Jeffrey Osborne
『Jeffrey Osborne』
(1982)


切:ギタリストのアルバムなんだけど、ギターが前面には出て来ない。でもどっからどう聴いてもデイヴィッド・T一色だ、っていう感じのサウンドプロデュースをしてみたいですね。やっぱり歌のバックでのデイヴィッドってのは僕にとってはすごく魅力的なんですよね。ボビー・ウォマックの『Poet』然り。あとジェフリー・オズボーンが82年にリリースしたソロアルバム『Jeffrey Osborne』の中にある「Baby」って曲のような、バラードで後ろでデイヴィッドのギターがちょっと鳴ってるっていうね。なんかこう、糸を引いてるようなギターを弾くデイヴィッド・Tってあるじゃないですか? あれがなんとも言えない魅力なんですよ。

── そういうデイヴィッドも生で見てみたいんですよねー。

切:90年代に入った頃だったかな? ルー・ロウルズのバックでデイヴィッドが来日したときがあったんですよね。スコット・エドワーズも一緒で。あの時もすごく良かったですねー。みんなバシッとタキシード着たりしてね。またデイヴィッドはタキシード姿が似合うんだなあ。地味なギターなんですけどね、確実にデイヴィッド・Tのギターっていうね。カッコいいんですよね。

── そうですねー。

切:人間だから仕事によっては軽く流しているようなものもきっとあると思います。でも、追い込むと凄い仕事をする。さっきの「オキナワグラス」でのソロも、もの凄いいい仕事をしてくれたと思ってます。普段はとてもリラックスした感じを好むんだと思うんですよ。自分のバンドの名前を「Warm Heart」ってつけるくらいだから。

── 独特の存在感もありますしね。

切:とにかく自然体ですからねデイヴィッドは。ご存知の通りジェントルマンだし、何事にも自信を持ってるし。どんな状況でも「オレはオレだから」っていうスタンスが根底にあると思うし。だからいろんなオファーがあってもすんなり「いいよ」っていうのがデイヴィッドなんですよ。





切:『Gloomy』に収録されている「チャイナタウンララバイ」って曲があるんですけど、僕のちょっとした思いつきでデイヴィッド、チャールズ・フィアリング、スコット・エドワーズの3人のみで演ってもらったんです。みんなあの曲を気に入ってくれてね。この3人でアルバム作りたいな、ってデイヴィッドも言ってたんですよ。いわゆるドラムレスでね。

── デイヴィッド・Tとベースとアコギ、っていう。

切:そういうのもいいなって思ってね。まあ3人なんで予算も少なくて済むかななんて(笑)。20年以上前の話ですけど、もしまたそんな話を持ちかけたらすぐにでもやってくれるんじゃないかなって思いますけどね。

── 山下さんもおっしゃってましたけど、デイヴィッドとスコット・エドワーズってのはすごくいい関係なんですよね。

切:そうですねー。モータウンでのセッションで知り合ったようですから、その時以来の関係なんでしょうね。スコットとは、僕もアンリ菅野さんのアルバム作るときに知り合ったんですけど、すぐに意気投合しちゃって。いっしょにバンドやろうみたいな話をしたり、仲良くなっちゃってね。僕は以前からスコットのプレイを聴いていて。グロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」とか、あと有名なところでは、ドナ・サマーの「ホット・スタッフ」とかね。そんな話をスコットにしたら「おまえなんでそんなこと知ってるんだ?」みたいなことで盛り上がっちゃって。日本ではあまり馴染みが無いんですけど、凄いプレーヤーですよ。スコットの家に遊びにいったらプラチナディスクとかゴールドディスクがありましたしね。

── 山下さんもスコットはいいヤツだって言ってました。

切:スコットはまたいい曲書くんですよ。そうそう、昔、スコットが書いた曲を手直ししてリズムを一度録音までしたことがありまして。ベースはスコット、ドラムはジェフ・ポーカロで。

── これまた豪華な。

切:さっきも話をしましたけど、僕としてはこの曲でビリー・グリフィンに歌ってもらいたくて。で、ギターはデイヴィッド・Tにってことで。そういう構想があって。なんとか世に出したいなと思ってはいるんですけどね。スコットが自宅で録ったデモテープには既にデイヴィッドのギターが入ってますからね。贅沢なデモテープだなーって(笑)。

── そりゃぜひ聴きたいですねー。

切:ジェフ・ポーカロのドラムがまた凄くてね。何が凄いかって、他のパートの音量を落として、ドラム部分だけクローズアップしてよく聞いてみると、ジェフが叩きながら声を出してるんですよ。リズムに合わせて歌ってるような感じでね。あー、この人はこういうアプローチなんだ、って。ちょっと鳥肌たちましたね。とにかくジェフはグルーヴを大切にするドラマーなのでね。歌いながら叩くっていうスタイルなんだなーって。そういう意味ではスコットもデイヴィッドもそうなんですけどね。歌をうたってプレイするっていうね。

── ソウルボーカルものでバックにデイヴィッド・Tっていうパターンは案外最近はないんですよね。

切:僕自身が一番聴きたいですからね(笑)。やっぱり自分が聴きたいものを作るってのは基本ですから。

── プロデューサーの特権ですね(笑)。

切:僕は昔から音楽ばかりの毎日で。それこそ学生の頃なんかはお金ないからボロいサンダル履きでですね、あるお金はすべてレコードに注いでみたいな感じで。下町育ちだったので、レコード買うのは近くの秋葉原の石丸電気ってとこでね。そういう意味では秋葉系の元祖みたいな感じですよね。で、そこで大量のレコード買い込んで。ジャケ買いもすればクレジット買いもする。あのレコードにもこのレコードにもデイヴィッド・Tが入ってる、みたいなことを知っていくわけですよ。当たり外れもいろいろありますよね。でもそうやって聴き込んできたことが、レコーディングするときに、その本人と会ったときに「僕はあなたのこういうプレイを知っていて聴いてたんで、こんな音が欲しいんです」っていうとね、相手も喜んでくれるんですよ。そうやってコミュニケーションをとることで打ち解けていけたし、信頼関係も生まれたと思ってます。そういう“音楽好き”な人間が、自分の好きな音楽を作る。そうじゃないといい関係の中での音楽はうまれないと思います。

── ホントにそうですね。

切:当時デイヴィッドにこんなこと言われたんですよ。「音楽は人間の心が作るもの。だから“志”のない人が作った音楽は感動しないんだよ」って。そうだよなー、その通りだよなーって思って。80年代後半っていう当時は、電子音楽というか打ち込みの音楽が主流になってきた時代だったので、そういう状況への皮肉も込めた発言だったんじゃないかと思ったりもしたんですけどね。でも、デイヴィッドらしい言葉だなって思いますよね。

── ギタリストDavid T.とプロデューサー業もやるDavid T.っていう存在って、なかなか想像できないところもあるんですよ。その辺りはよくわからないところで。

切:小田ちゃんの影響もあったかもしれないけど、ちょうどアンリ菅野さんのアルバムを作った頃から、デイヴィッドも自分の可能性を試してみたいと思うようになったんじゃないかなって思うんですよね。その頃デイヴィッドがやってた仕事は、アレサ・フランクリンだとかみんなソウルのビッグネームばかりでしたからね。ちょっと趣向の違うというか、プロデューサー業というか。そういうことをやってみたいと強く思っていたんじゃないかと。

── KIRIさんご自身もデイヴィッドのアルバムを作ってみたいと思ってるわけでしょ?

切:そうですね。機会があったらね。4、5年前に一度仕事でロスに行ったとき、チャイニーズレストランで二人で会って、そんな話をしたこともありましたね。デイヴィッドは茶色のベンツでダブルのスーツにノーネクタイという姿でいつも現れるんです(笑)。僕がもしデイヴィッドのソロアルバムをプロデュースするなら、一歩ひいた感じでやりたいって思うんですよね。

── 一歩ひいた感じ。

Kalapana
『Back In Your Heart Again』
(1995)


切:カラパナの『Back In Your Heart Again』っていうアルバムを僕がプロデュースしたとき、レコード会社からは「日本人の好きなカラパナの音を作って」という依頼だったんです。で、カラパナは当時は都会的なというか洗練されたというか、そういう新しいものをやりたがっていたんですよ。ところが、日本のファンがカラパナに求める音ってのはやっぱりサーフィンミュージックであり、ハワイアンを感じさせるような音楽でありっていう。

── ふむふむ。

切:デイヴィッド・T本人は「こういうことがしたい」っていう想いがきっとあると思うんですけど、でも「オレたちはこういうのが聴きたいんだよね」っていうスタンスのプロデューシングというか。そういうカタチを作りたいと今でもずっと思ってるんです。

── なるほど。

切:それは“ソロ”というカタチではないかもしれない。“フィーチャーリングDavid T.”というカタチでもいいんです。何かの企画モノのアルバムかもしれない。でも10曲中8曲にデイヴィッドが弾いてくれればそれでもいいじゃない、っていうね。何もソロにこだわらなくてもね。逆にそのほうがスムーズにことが運ぶかもしれないし。一度そういうアルバムをプロデュースしてみたいですね。

── 彼が元気なうちに。

切:僕の中で、“僕が好きなデイヴィッド”って部分が確実にあるんです。で、もし僕がデイヴィッドのアルバムを作ることがあったとしたなら、その部分がぶれないようにしないといけない。そうでないと、デイヴィッドのファンの方々にも失礼だなと思いますし。プロデューサーって仕事は意外に大変でね(笑)。予算との戦いもあるし、時間の制約もある。あるときは決断しなければなりませんし。でもそれって幸せな仕事かもしれませんよね。


(2006年6月、都内某所にて)





 音楽は、いつ、うまれるのだろうか。音が奏でられた瞬間か、あるいは作品として仕上がった瞬間か。一瞬のひらめきによって宿る音楽もあれば、思考錯誤し創意工夫の道のりを通過した後にしかうまれ得ない音楽もある。その過程は、ときに無謀とも言えるチャレンジによって導きだされる。

 自前での挑戦。業界の常識を覆すチャレンジは“異端”と呼ばれた。事はスムーズには運んだわけではないし悔いの残る場面もあった。それでも可能な限り“いい音楽”を形作る熱意とパワーがあった。

 自らが聴きたいと思うものを形作る。その意志は、価値のある音楽とは何かという問いの答えを肌で感じとる確実なチカラが備わっていることの証しだ。そこに如何なるギャップがあろうともなかろうとも、アーティストに理解を促す説得力と信頼感は“カタチにする者”の高い志しとクールな思考が必須条件。音楽を感性だけで語らない別次元の能力こそ、現場で必要なもう一つのチカラだ。

 “裏方ですから表には出ないようにしてるんです”と遠慮がちに話す眼差しの奥に、信念の塊が見え隠れする。聴く、売る、作るという段階をすべて見渡した後に残る“奏でる”ことへのリスペクト。舞台の表裏を問わず“奏でる者”への賛辞が、作る側に確固たるカタチで宿るからこそ信頼感はうまれ、そして育まれる。音楽がうまれる過程の中で、アーティストとリスナーの距離を縮める役割は不可欠だ。

 ジェントルなギタリストと裏方志願の二人が再び会う、いつか。そのとき彼らの眼に映る景色は互いに異なるかもしれない。だが、音楽への情熱の灯が消えない限り、眼の奥に潜む情景は、互いの役割を尊重し合うことで、いつしか必ず重なり合う。その瞬間、音楽はうまれる。

 
(聞き手・文 ウエヤマシュウジ)





切学(きり・まなぶ)
1961年東京生まれ。10代の頃より大手レコード店での勤務を経て、24歳の頃音楽制作の現場へ。尾崎豊、徳永英明、米米クラブ、南佳孝、杏里、スターダストレビュー等のレコーディングに参加。その後26歳で初の海外プロデュース作品を制作。アンリ菅野『Sunshine Dream』『My Funny Valentine』、山下憂『Gloomy』の3作品でデイヴィッド・T・ウォーカーと交流。他に山下憂「Ever After Love」、カラパナ『Back in Your Heart Again』、ORAN & YUKARI「抱きしめてヨコハマ」等多数をプロデュース。現在、山下憂の次回作等を準備中! JAZZ、ROCK、R&B、LATIN、CLASSIC等、ジャンルを問わずあらゆる洋楽を愛するオタク系プロデューサー。

山下憂
『Gloomy』
(1998)

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