Something for T. #05


【後編】




── The Changを解散した後、武田カオリさんとのユニットTICAを結成するわけですが、その間、ちょっと期間がありますよね。

石井:そうですねー。あの頃はギターを弾くことからしばらく離れて、毎日コンピューターに向かってました。

── そうなんですか。

石井:ベッドルームミュージックというか、サンプラーとコンピューターでひとりで自室で作りあげちゃうようなタイプの音楽に憧れて。僕は権威的なものが苦手なんですけど、ベッドルームミュージックみたいなタイプの音楽って、当時はそういった権威的な感じから最も遠い所にある音楽のような気がしたんですよね。

── 権威的。



石井:うん。権威的。デイヴィッドの例えでいうと、「デイヴィッドのギターに近ければ近いほど良い」というモノの見方、というか。

── その道極めれり、ってやつですか。

石井:例えばJB(*ジェイムズ・ブラウン)の後に、JB道ができるわけではないと思うんですよホントは。JBはJBだけ。デイヴィッドはデイヴィッドだけ。当たり前ですけど。ま、それを考えるとジャズだってホントは「ジャズ道」じゃなかったはずなんですけどね。でもジャズって、体系立った権威的な臭いってありますよね。

── 少なからずあるでしょうね。

石井:僕は軟弱だから、ある道を極めていくという行為が苦手で。もちろんギターを弾くということについてはがんばったし、それなりの自信はあったんだけど、当時はなんかそこから逃れたくなった。

── なるほど。

石井:Changというバンドでデビューした時点で、僕自身はバンドという形にあまり興味が持てなくなっていたんですよね、すでに。下手クソなバンドでしたから、長年練習ばかりしててイヤになっちゃってたんです。もう自分としては十分に弾けるんだから、これ以上楽器の練習なんてしたくなかったんですよね。練習したところで、その例の権威的なムードに近づいていくだけのような気がしましたし。なんというか、F1的な世界にこれ以上首をつっこんでいたくないなぁ、と。

── F1的な世界。

石井:うーん、例えば「このコーナーリングはこう曲がらないとダメなんだよね」みたいなね。そういう「正解がある世界」というか。で、それができると「気持ちいい」みたいな。なんか自分の演奏的な快感原則が、古い音楽によってみっちりスジ道ができちゃうことが急に恐くなったんですよね。ここが一番重要だった。この頃(95年)ってコンピューターとかの値段がちょうど安くなって手に入り易くなってきたんですよ。なんか世の中変わるなー、って感じましたし。自分も今までの経験は捨てて、一度周りを見てみないとマズイぞ、みたいな気分になって。

── バンド活動を続けることが「正解のある世界」につながっていく、という。

石井:もちろんそういう「正解がある世界」を極めるということは物凄いことで、それができる音楽家の人達のことはホントに尊敬してます。でも、バンドを続けることで辿り着くことのできる「正解のある世界」は、単純にいうと古い音楽だった。先程デイヴィッドの話のときにも言ったように、確かに時代を超えて存在するファンクネスというのがある、と。で、それをギタリストとしてよりデイヴィッドに近づくという方法で考えるのではなく、別な角度からそれを考えたくなったんです、若い世代のように。というか、実際当時は自分も若かったし。むしろデイヴィッドのファンだ、なんていう方が年寄りくさかったというか。

── そしてThe Changは解散へ。

石井:ギターを一度忘れるほうが、早くそれを手に入れられるような気がしたんです。楽器の演奏はさっきの「コーナーリングの世界」なんですよね、結局。筋肉の動きですからね。そういったスポーツ的な鍛練に追われつつ、その結果権威的な臭いにも近づいていってしまう、と。そう気が付いてしまってからは、もう戻れなかったんですよね。

── それは石井さんの中では大きな出来事だったんですね。

石井:ものすごく大きな転機でしたね。音楽の聴き方も随分変わりました。黒人音楽はどれも「型」というか「ルール」というか「マナー」みたいなものがある音楽ですから、もとよりある種カタログ的な聴き方をしていたわけです。しかし、基本的に神妙な聴き方というか、一枚の好きな絵を一日中眺めて暮らすような聴き方というか、決して1000枚の絵に出会うような聴き方はしていなかったんです。まー、若い頃は本当に金が無かったから実際買えなくて、仕方なしに1枚1枚をじっくりと聴くより他になかったんですけどね。音楽の聴き方も、ギターという楽器への執着を捨てたおかげで混乱がなくなったし、実際の作業もひとりで全ての楽器の流れを構築するようになったので、逆にかなり細かい部分まで自分で把握できるようにもなりました。加えてエンジニア的な聴き方も少しづつ覚えて。

── ギターという「コーナーリング的世界」の楽器とは異なる、別のアプローチを見い出す、と。

石井:今僕がやってる音楽は、ほぼ打ち込みで作る音楽なんですけど、一枚の絵を一日中眺めて暮らすメンタリティで、1000枚の絵を眺めることができるようになった気分です。全ての部分に執着はあるんだけど、全てを大きな枠組みで捉えている感じ、とでも言うか。

── ギターを弾くことをあきらめたわけではないですよね。

石井:もちろんそうです。ライブではやっぱりギターを弾きたいですね。やっぱりギターが一番得意だし、特別な準備や練習をしなくても、気分がよければそこそこ饒舌に表現できる楽器なんですよギターは。ギターは楽です、僕にとって一番。それに多くのミュージシャンの方々は、こういったことを普通にやれているんじゃないかなと思います。僕は極端な性格で、しかも不器用な質だから、一度ギターを置いてしまわないと両方同時に手に入れられなかったんですよね。逆に言えば、それだけギターという楽器に入れ込んでいたということです。

── ちょっと安心しました(笑)。やっぱりライブは最高ですよね。

石井:そうですよ。いいセッションマンってのは、ライブでのあの興奮をそのままレコーディングできる人ですよね。デイヴィッドの偉大なところは、レコーディングなのに、ライブの興奮をそのままに、という感じ。

── もう60過ぎてますからね。

石井:それこそ存在が人間国宝みたいな感じですよね。いい意味で、そういう風にみんなで祭ってもバチ当たらないと思いますよね。未だに現役なんですもんね。すごいですよ。素晴らしいですよね、本当に。……なんか、ちょっと反省しちゃうな。考え直そうかな(笑)。

── デイヴィッドはしばらくリーダーアルバムを発表してないんで、ファンのみなさんは心待ちにしてるんですけどね。

石井:今のデイヴィッドが作るリーダーアルバムに興味を持てるかと言われれば、正直、持てないかもしれない。そりゃやっぱり僕は『Press On』や『On Love』を聴きますよ。これはもう、どうしようもないですけど、そうなんですよ。仕方ないですこれは。でも、もしホントにリリースされたら、やっぱり買いますね。買いますよ、きっと(笑)。

(2003年5月、東京・国立にて)





 結局のところ、僕は石井マサユキという人間のほんの一側面を垣間見れたに過ぎないように思う。The Changというバンドは、リスナーの僕にとっては「かっこよく」「気持ちいい」音楽であり、時代の空気感と完全にシンクロしながら共感できる音楽だった。そして、その音の隙間から見え隠れするある特有の「におい」を、自分なりに感じ取っていたからこそ、その奥底にある音楽家・石井マサユキをみてみたいという欲求が持続していたのだ。

 TICAというユニットが目指す方向性に、あるいは石井マサユキという音楽家が見るその先の風景に、どれだけDavid Tという黒さがリンクするのか、表面的にはもしかしたら認識しにくいのかもしれない。彼の言う「ブラックネス」が、程よく洗練され、加工され、軽やかに姿を変え、目の前に提示されるに違いないからだ。しかし、時にあからさまに、時に自嘲気味に、温度と速度を自在に変化させながら絶妙に息吹きを放ち続ける彼らの音は、まぎれもなく彼らのソウルミュージックであるはずだ。一つの場所に居座ることを拒みながら浮遊する音楽家の意志に反して、細胞の一部にどうしようもなくひっそりと存在する黒い水脈が、形はどうあれ確実に居座り続けるに違いないのだから。

 パフォーマーとして、そしてギタリストとして、その存在感をあらわにし続けてくれる限り、その水脈が途絶えることは決してないはずだ。

(聞き手・文 ウエヤマシュウジ)




石井マサユキ(いしい・まさゆき)
1968年、東京生まれ。これまでにバンド、The Changのメンバーとして2枚のアルバム(『DAY OFF』『ACTON』)を制作。解散後、ボーカリスト武田カオリとのグループ「TICA(ティカ)」を結成、活動を開始する。2000年5月にカヴァー集『No Coast』でデビュー。同年10月には、松本隆との共作『顕微鏡』をリリース。さらに翌2001年には初のオリジナルフルアルバム『Weight-Less』を、2002年3月、全編日本語詞による『Phenomena』を発表。また、Tsutchie(シャカゾンビ)やSuite Chicの新譜など、プロデューサー、ギタリストとして幅広く活躍する。そして、2003年5月21日、TICAの待望のニューアルバム『Latest Rules』を発売。

TICA
『Latest Rules』
V2CL-6014
(2003.5.21)
TICAオフィシャルサイト
http://mining-for-gold.com/

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