デヴィッド・T“幻の”ソロアルバム。その正体は、1971年に公開された『Speeding Up Time』という映画だ。この映画、ストーリーについてはここでは省くが、いわゆるブラック・ムービーの類いの一つ。ただし、メジャーな配給ルートでの上映はされず最終的には劇場公開もなされなかったというマイナーなシロモノであり、ほとんどその存在を知られてないものだ。
監督はJohn Evans、主演にWinston Thrash, Pamela Doneganという面々によるこの映画。この映画が撮影される10年前に働いていた職場でデヴィッド・Tと主演のWinston Thrashは同僚だったそうで、この映画の撮影時に再会しお互い驚きあったというエピソードもあるようだ。
問題は、映画全編に流れる音楽だ。実はこのサウンドトラック制作のディレクションを担っているのがデヴィッド・Tであり、当時彼が組んでいたトリオバンドによる演奏によるものなのだ。このトリオバンドはデヴィッド・Tの他、ベースにトレーシー・ライト、ドラムはアルヴィン・エドモンドという布陣で、彼らはこの数年前までデヴィッド・Tが活動していたグループ、キンフォークスの面々である。なおかつ、この映画には、劇中のバンドマン役として、この3人による演奏シーンが収められている! これだけでも貴重この上ない映像だ。
ではなぜこの映画『Speeding Up Time』が“幻の”といわれているのか。それには理由がある。映画が公開された1971年の前年である1970年は、デヴィッド・Tが3枚目のソロアルバム『Plum Happy』をリリースした頃。この『Plum Happy』は、L.A.のスモールレーベルであった「ZEA Records」からリリースされている。このレーベルからは、他にもJesse James、New Young Hearts、Mirettesなどのアーティストがシングル盤をリリースしているが、アルバムとしてリリースされたのはデヴィッド・Tの『Plum Happy』一枚のみ。実際にレーベルとして機能していた期間も短く、謎も多いレーベルなのである。
この短命だったレーベルを主宰していたのが『Plum Happy』のプロデューサーとしてもクレジットされているHosea Wilsonという人物。このHosea Wilsonは、先のキンフォークスのロードマネージャーをつとめ、1968年にリリースされたデヴィッド・Tの1stソロアルバム『The Sidewalk』のリリース元であるRevue Recordsのプロモーションスタッフとしても関わり、70年代には20th Century Recordsのプロモーションリーダーとしてバリー・ホワイトらのセールスも担当したという、デヴィッド・Tとも縁のある一人である。そんな彼がZEA Recordsを立ち上げた当時の証言によると、ZEAレコードの最初の契約アーティストがデヴィッド・Tであり、その第一弾アルバムが『Speeding Up Time』、第二弾が『Plum Happy』であるというのだ。
しかし、実際には『Plum Happy』は1970年1月に録音され翌月2月にリリース。『Speeding Up Time』の音源トラックは1970年7月に録音され、映画本編は1971年にお披露目されている。結局『Speeding Up Time』は、映画としては完成したものの、音源としてはデヴィッド・Tのソロアルバムとしてもサウンドトラックとしてもリリースされておらず、実質的なZEA Recordsのアルバムとしては『Plum Happy』一枚がリリースされたのみに留まっている。Hosea Wilsonが他界してしまっている今、なぜこの『Speeding Up Time』が映画のサウンドトラックとして記録されたもののレコード盤としてはリリースされなかったのか。あるいはサウンドトラック盤としてリリースを前提としたマスターテープは存在したのか。いずれもその正否はわからないままだ。デヴィッド・T本人もマスターの所在は今となってはわからないと証言している。
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『Plum Happy』(1970)
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『Plum Happy』が世界初CD化されたのが1996年。当時、CD化に尽力したリイシュー元であるP-Vineレコードの安藤賀章氏は「CD化にあたってマスターテープが紛失していたため、ミント状態のLPを2枚を使ってマスター音源とした」と語っている。この時レーベルは既に消滅、Hosea Wilsonも他界しているということもあり、安藤氏も実際にはマスターテープの所在調査もまともにできなかったという事情もあったようだ。従って、この『Speeding Up Time』も同じような境遇にあるわけで、マスターテープの所在や、そもそもマスターテープなどというものが存在したのかどうかも全く不明。仮にビデオ化された映画の中の会話部分を排除してデヴィッド・Tの演奏部分のみを切り取る形で音盤化することは、できない話ではないとは思うが、それでも、映画に使われなかったかもしれない音源があるのか無いのか、その所在についてを確認することはもちろん、それをきちんとした形で世に出すことはおそらく不可能に近いと思われる。
それでも、この映画の中で触れることができる音楽は、まさに『Plum Happy』の流れを汲む、当時のデヴィッド・Tの音楽性がズバリ反映されているもの。エネルギッシュでファンキーなテイストや、メロウ極まりない佇まいの楽曲はこの時代の空気を如実に物語っている。この後、Ode Recordsと契約し飛躍的に活動の幅を拡げることになるデヴィッド・T。その前夜の一コマを切り取った音源であると同時に、若き日のデヴィッド・Tやバンドメンバーの姿を映し出した貴重なショットであることには違いない。まさに“幻の”という喩えに相応しい音源だと思うのだ。
この映画は1985年にビデオパッケージとして発売されており近年DVD化もされているが、簡単には入手が困難なアイテム。その映像の一部は、YouTubeのデヴィッド・Tオフィシャルチャンネルの中にアップされ閲覧できる。ほんの一部ではあるが、この貴重な音源を、そして若き日のデヴィッド・Tの躍動する姿を、じっくりと感じていただきたいのだ。
2011.01.19 ウエヤマシュウジ
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